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●SNF日誌とは

 たしかに、ウンザリさせられることの多い毎日で、新聞、テレビなどのマスコミも、まるでこれしか話題がないかのように、残忍な事件や、経済の停滞、政治批判を並べ立てています。ていねいに見たり読んだりしていると、生きているのが無駄であるかのような気さえしてきます。
 しかし、人間社会には、もっと心豊かになる話題もたくさんあります。素晴らしい技術の研究や開発に寝食を忘れている人もたくさんいます。本欄では、そんな“ちょっといい話”をたくさん集めて、人間として生まれてきてよかったという気持ちを多くの人々と共有したいと思っています。同時に、その“いい話”を引き立てるために、“イヤな話”も時々交えることもありますが……。

記憶の不思議とカリン

●吉岡 巌先生のこと~記憶の不思議

 歳とともに物忘れがひどくなるのは、いわゆるアルツハイマーとは一応無関係のものと思っています。いえ、医学的に正しい知識としてお話しているわけではありません。大いに関係がある場合も無しとはしませんから、ご心配な方は早めに専門医の診察を受けるべきでしょう。私は自慢ではありませんが、すこぶるつきの病院嫌いですから、めったなことでは医師の診察は受けません。
 でも、何かツレアイに頼もうとして、机を離れ台所に行き、ツレアイの姿を見たとたん、何を頼むつもりだったのかまったく思い出せない、なんてことが時々あると、多少は不安が脳裏をよぎるのであります。しかしこれも、誰かが、いやそんなことは僕だって始終ありますよ、などというのを聞くと、なんだ、やはり認知症と物忘れは一致しないのだ、と自信を取り戻すことになります!

 今日は記憶の不思議について感ずるところをお話して、参院選投票日前の喧騒をお忘れいただこうかと思います。いや、何気なく“喧騒”と書きましたが、じつは今回の選挙は、拙宅の周辺はいつもに比べて、ずいぶん静かです。不思議なぐらい平穏であります。テレビや新聞を見ると、党首や候補者が絶叫しているシーンや写真がいつもどおり乱舞しているのでありますが、拙宅付近の静けさはいったい何によるものなのか? ひょっとするとこの「SNF日誌」のせいかもしれません!
 冗談はさておき、今朝いつもどおり5時から朝歩きに出かけたのですが、仙川河畔に出るとすぐに、スパゲッティが頭に浮かんだのです。うん、最近あまり食べていないから、今夜は久しぶりにパルミジャーノ・レッジャーノをたっぷりと振りかけて…、などと考え始めたのですが、それにしても仙川を見てなぜスパゲッティを?

 私は1959年に東京目黒の都立高校に入学しました。その学校は本欄でもご紹介した、菅総理が卒業した小山台高校で、まあ進学校ですね。大学受験を目指して勉学一筋に励む者がほとんどでありました。しかし、その学校でも、一応大学受験に関係のない教科もありまして、音楽と図工は選択科目となっていました。絵心に乏しい私は迷うことなく音楽を選びました。しかしこれが、私の運命の分かれ道となったのです。
 なぜかと申しますと、音楽の教師が、吉岡巌(よしおかいわお、通称ガンちゃん)先生だったのです。先生を知る人は音楽関係者以外には少ないかもしれませんが、東京芸術大学で後にソニー社長となる大賀典雄さんと同期、当時は二期会に所属されている現役歌手(バリトン)だったのです。アルバイトで高校の音楽教師をされていたのですね。
 吉岡先生が1学期終了間近の7月下旬、音楽室に私を呼び出されました。お小言ではありません、音楽班へのお誘いだったのです。秋の学校祭で、音楽班が『真間の手古奈』というオペラを上演するので、それに参加せよ、といわれたのです。私は先生の外国人風の彫りの深いお顔立ちと、美声に憧れていましたから、天にも昇る気持ちでお引き受けしました。

吉岡巌先生と私。たった1枚残っていたもので、裏に「1960年5月4日音楽班コンパ」とメモ書きされていました

 それ以来、私は音楽と人生についてずいぶんたくさんのことを先生に教えられました。先生は、私が音楽を聴くことが大好きで、しかも家にオーディオ装置がないのを知ると、音楽室のレコードとオーディオ装置の入ったケースのキーを貸してくださいました。放課後、好きなときに自由に音楽を聴きなさいといわれたのです。吉岡先生と出会い、そのご厚情に預かったことは、後に私が音楽とオーディオの仕事に関わる重要な要因となりました。それについては、別項「オーディオの詩と真実」で詳しく触れることにいたします。
 それにしても、今朝なぜスパゲッティが、というと、私がスパゲッティなる食べ物をはっきりと認識したのは、吉岡先生のお話からだったのです。ある日、先生とどこかにご一緒したのだったか、あるいは単に目黒までの電車をご一緒したときだったのか、記憶は定かではないのですが、先生のお話はよく覚えています。
「船木君、君は食べ物では何が好き?」
 というような質問をされ、私がさて何かと考えあぐねていると、
「私はね、スパゲッティがいちばん好きだ。君はどんなスパゲッティが好き?」
 と続けられました。しかし、16歳のその時まで、私はスパゲッティなるものを食べたことがなかったのです。先生は、スパゲッティにはいろいろな種類があること、先生はトマトをたっぷりと使った何とかというものが特にお好きだと、などと話してくださいました。
 吉岡先生はオペラ歌手ですから、エンリコ・カルーソを尊敬されていました。あの声はすごい、ホールのトビラを締めるとオーケストラの音はほとんど聞こえないのに、カルーソの声ははっきりと聞き取れるんだから、などと話してくださったこともあります。そういうこともあって、イタリアの歌手のことはとてもよく知っておられ、ついでにイタリア人の主食ともいわれるスパゲッティもお好きになられたのでしょう。

 でも、なんで仙川に出たとたんにスパゲッティを思い出したのだろう、これが自分でもよくわからないのです。1時間半ほど歩いて家に近づいたときに、エイキチ君の畑におじさんがいたら、トマトを買ってきてほしい、とツレアイに昨夜いわれたことを思い出しました。ああ、このトマトを忘れないようにしようと記憶回路が働いて、スパゲッティを思い出し、スパゲッティといえば吉岡先生がお好きだったなあ、と記憶が遡ったのかもしれません。つい直前のことはよく忘れるのに、50年も前のことが、つい昨日のことのように思い出される、しかも先生の表情や声の調子までが、まざまざと甦るのです。記憶というのはじつに不思議な脳の働きです。

●今朝の仙川河畔の植物:カリン

 勝淵神社を通り過ぎて、稲荷橋を渡り左側を上流に向って進みますと、何度かご紹介した北村西望の平和記念像がある仙川公園に出るのですが、その少し手前に、このカリンの木があり、青い実をつけています。秋には熟して黄色くなり、芳香を放ちます。この実を焼酎につけたカリン酒を、ツレアイの友人が毎年くださいます。喉にいいので知られています。

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