ある中年のご婦人が、入院中の大切な友人を見舞うために、新神戸駅に降り立ちました。ムッとする梅雨の雨上がりの暑い日でした。大学病院の最寄りバス停で花屋さんを探しましたが、なかなか見当たりません。
近くの交番で訊くと、その付近に花屋はないといわれます。どうしても花をもっていきたいそのご婦人は、あきらめきれず、ふと交番の外をみると、こんもりと咲き誇る紫陽花(あじさい)に気づきます。思わずお巡りさんに、
「紫陽花を少しだけいただくことはできませんか?」
と言ってしまいました。すると、いかつい体に角刈りのお巡りさんは、机の引き出しを開けて、にっこりと笑いながら、
「好きなだけ持っていっていいよ」
と、ハサミを取り出してくれたのです。彼女は無事、雨に洗われて色鮮やかな青紫色の花を持って友人を見舞うことができました。このお巡りさんとのやりとりを病院で友人に話すと、
「紀久ちゃんならではね」
と、あきれ顔で、そして大笑いして喜んでくれました。ご婦人のお名前は、紀久子さんといいます。笑顔いっぱいの友人にエレベーターまで送ってもらい、紀久子さんは神戸を後にしました。すぐに、友人から届いた礼状にはこう書かれていました。
「お見舞いに来る人に紫陽花の話をして皆で笑っています」
そして、ひと月あまりの入院の末、残念ながら友人は逝ってしまわれました。もうすぐ、いずみさんという、心やさしい友人の5回目の命日がやってくるのだそうです。6月30日の朝日新聞朝刊の生活欄、「ひととき」というコラムからの話題です。横浜市の主婦、斉木紀久子さんという署名があり、55歳と年齢も記されていました。きっと亡くなった友人も同じくらいの年齢だったのでしょうね。帰らぬ旅立ちには少し早すぎたようで、お気の毒ですね。ご冥福をお祈りします。


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