昨日7月2日、前日1日午後5時半から、東京丸の内の東京会館で井上ひさしさんの「お別れの会」があったことをお知らせし、丸谷才一さんが弔辞を読まれたことをお伝えしました。その日の新聞報道では、弔辞はほんの一部分しか引用されていませんでしたが、今日3日の朝日新聞朝刊は写真のように、弔辞を読む丸谷さんの写真を添えて、少し長く要旨を伝えていました。その後半部分を引用して、井上さんを偲び、かつ丸谷さんの卓見に耳を傾けましょう。
― 彼は高い知性の持ち主だったけれど、いつも大衆の一員であった。そして、この劇作家の内部に俊敏で鋭くて賢い批評家がひそんでいた。
この批評家としての能力が、昭和史という悲しい題材に立ち向かったとき、一連の歴史劇が生まれた。民族の愚行をしめやかに嘆きながら、満州事変から8月15日までの死者たちの分まで、我々は幸せに生きなければならない、彼ら死者たちに対するそういう責任を今の日本人は果たしているか、と問いかける。
その痛烈な問いかけを、ひさしさんは例の面白い趣向、あたたかい思いやり、笑いと涙、たくさんの歌と踊りと一緒にして差し出した。
私たちは井上ひさしの芝居を見物し、拍手喝采したことを、後世の日本人に対して自慢することになるでしょう。―
井上さんの人と仕事、今生きている私たちの責任について、丸谷さんの弔辞は過不足なく語っています。人はすぐ過去を忘れるものですが、第2次大戦敗戦までの昭和史を“民族の愚行”と認識することは、何度も繰り返し心に刻まなければなりません。その認識と反省の上に立たなければ、恒久的平和を語る資格はないのです。
どうして自分の国を悪く考えたがるのだろう、といって、過去の戦争が必ずしも日本の責任ではないかのごとき発言をする人もいますが、そういう馬鹿げた考え方は断じて排さなければなりません。自国とか他国という前に、戦争はどんな戦争であっても、これは許すべからざるものだ、という認識にこそ私たちは立たなければならないのです。いい戦争、などというものは人間社会に決してあってはならないものなのです。
8月15日が近づいてきましたが、非戦を固く誓わなければ戦争による死者たちは浮かばれません。

最近のコメント