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●SNF日誌とは

 たしかに、ウンザリさせられることの多い毎日で、新聞、テレビなどのマスコミも、まるでこれしか話題がないかのように、残忍な事件や、経済の停滞、政治批判を並べ立てています。ていねいに見たり読んだりしていると、生きているのが無駄であるかのような気さえしてきます。
 しかし、人間社会には、もっと心豊かになる話題もたくさんあります。素晴らしい技術の研究や開発に寝食を忘れている人もたくさんいます。本欄では、そんな“ちょっといい話”をたくさん集めて、人間として生まれてきてよかったという気持ちを多くの人々と共有したいと思っています。同時に、その“いい話”を引き立てるために、“イヤな話”も時々交えることもありますが……。

井上ひさしさんお別れの会と丸谷才一さんのこと

●丸谷才一さんが弔辞を読まれました

 4月9日に亡くなった作家・井上ひさしさんの、お別れの会が、昨日7月1日午後5時半から、東京丸の内の東京会館で行なわれました。朝日新聞の記事(写真上)によりますと、会場には、「遅筆堂」と書かれた井上さん愛用の原稿用紙の中に笑顔の遺影が掲げられ、全著作の単行本や文庫本など約400冊が並べられたそうです。その様子は今朝のテレビでもチラリと見ました。
 井上さんは、私にとっても大切な人のお一人で、本欄でもこれから何度か触れることになると思いますが、じつは1つ気になることがありました。こういう会が開かれることは当然予測していましたが、代表して挨拶をするとすれば、丸谷才一さんしかいない、と私は思っていました。
 ところが、丸谷さんの近著、『人間的なアルファベット』(2010年3月31日 講談社)の後書き「おしまひの挨拶」に、「2010年2月14日朝 代々木の病院の一室にてミネラルウォーターを飲みながら」と書かれていて、丸谷さんが入院されていたのを知り、心配していたのです。しかし、続いてすぐに発売された『文学のレッスン』(2010年5月30日 新潮社)の「あとがき」には「2010年3月24日 退院の朝」と書かれていて、一安心したのですが、退院からそれほど時間が経っていないので、井上さんをお送りする会に出席できるのかどうかは案じていました。
 今朝の報道によりますと、どうやら無事に出席され、弔辞を読まれたそうです。朝日新聞にはそのごく一部「高い教養と知性の持ち主だったが、いつも大衆の一員であり、一人の庶民であった」が引用されていました。
 読売新聞にはもう少し長い引用があります。

― 志は一貫して権力への反逆、思いは常に弱者の味方。私たちは井上ひさしの芝居を見物し、拍手喝采したことを、後世の日本人に自慢することになるでしょう ―

  丸谷さんの弔辞は、いずれ全文がどこかに掲載されるでしょうから、あらためてお知らせします。井上さんについては、これから何度も本欄でとりあげると冒頭に書きましたが、ちょうど選挙の時期でもあり、近著『ふふふふ』(2009年12月17日 講談社)の170ページ「政治家の要件」からの一節を引用したいと思います。 

― 世界中に政治や経済の嵐が吹き荒れて、国の内外に荒波が立っている。その中をぶじに航海するには正確無比な羅針盤が必要だ。その羅針盤が憲法であることは、すでに読者諸賢の御承知のところである。したがって政治家の要件の第一は憲法をきちんと守ることにある。そのとき、憲法の普遍性(どこでも通用するかどうか)が問われるが、主権在民(税金を払っている国民に最高の決定権があること)、人権の尊重、そして国際平和主義が三本柱の日本国憲法には、やはり普遍性がある。だから、くどいようだが、政治家は憲法のよき守り手でなくてはならない。―

 本欄で私が何度もいっている、“実際の政治に責任がない立場の文人は大いに発言せよ”を井上さんは、作品でも雑誌のエッセイでも早くから実践されているお1人でした。ちなみに読売新聞は改憲派です。
 井上ひさしさんのご冥福を心からお祈りいたします。

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