●金本さん続報
6月21日に大病を克服され、医師の予測を裏切って健康に歩き続ける金本さんをご紹介しました。24日の朝、仙川河畔で出会いますと、ちょうど誕生日で満71歳になられたといわれました。
お祝いを申しますと、「もう、これだけ生きたんだから、いつ死んでもいいや」と珍しく気弱なことをいわれます。「金本さんが元気なことは、後続の私たちの大きな励みになるのですから、そんなこといわないでください」というと、「あれだけ大きな病気をした後だからねえ、もうそれほど余命は残っていないかもしれないよ」とさらに沈んだことをいわれます。あまり励ますのも失礼なのでほどほどにして別れました。
翌朝、25日にお目にかかると、もうすっかりいつもの元気を取り戻しておられましたので安心しました。しかし、よく考えてみると、前日の少し沈んだ話しぶりには、彼から見ると健康人そのものの私への、戒めが込められていたのかもしれません。大きな病気をしたことのない者は、ついつい気軽に褒めたり励ましたりしてしまいますが、時には不調をこらえて歩いておられることもあるので、その言葉が神経に障ることもあるのではないかと思います。言葉には十分気をつけなくてはなりません。
・歩くから元気なのか、元気だから歩けるのか
私は歩くことの大切さを自分の経験からお話していきたいと思うのですが、仙川河畔を歩く中高年の方々を毎朝拝見し、時々会話をすると、歩くことが健康にいいのか、健康だから歩けるのか、つくづく判断に迷うことがあります。金本さんのように、大病を克服されて、リハビリと健康維持をかねて歩いている方もいますが、大きな病気をされず、健康を維持することと、自然を楽しみながら歩くことを楽しんでいるという人もいます。
そういう人の代表が、想(おもい)さんです。想さんは鹿児島県喜界島のご出身。何年も前から顔見知りでしたが、名乗りあうことはありませんでした。しかし、仙川河畔を歩く人の中では最長老とお見受けしたので、私はひそかに「Mr.G」と呼んでいました。「Great」の「G」です。
私は昨年から毎日歩くことにしましたので、毎朝のように会う人とはなるべく親しくしようと思い、4月ごろまず長老の想さんにご挨拶したのです。それ以来お目にかかる度にいろいろと話をするようになりました。私は前年の2008年10月に喜界島に行ったばかりでしたから、話題は最初のうちはもっぱら喜界島のことになります。
想さんは戦後間もなく東京に移住されたのですが、戦争中に一度下見のため東京まで来られています。喜界島から鹿児島までの航路は潮の流れが複雑で速く、当時の船では平時でも揺れて大変なのですが、戦争中は米軍の魚雷や潜水艦を避けるために、わざとジグザクに運航したので、船には慣れている想さんも船酔いに相当苦しんだそうです。
前回ご紹介した金本さんと違って、想さんは特に大きな病気をされることなく、定年で退職され、健康のために毎日歩くようになりました。1925(大正14)年の生まれで今年で満85歳になりますから、もう20年以上ほぼ毎日歩かれているのです。とても、そのお歳には見えません。
「歩くのがいちばんですね。私は今でも山が好きで、年に1、2回は登ります。もうほどほどの山ですが。ゴルフもときどきしますし、ちょっと遠出をしたいときは、箱根や信州なんかは自分で車を運転して行きます。
毎日のように歩くこと、これが大事ですね。時々じゃだめです。私は冬もほぼ同じ時間に、頭やら首をぐるぐる巻きにして歩きます。梅雨時だって途中で降られてもいいように、いつも傘を腰のポケットに入れて歩きます。
こうして毎日歩くとね、血圧も安定しますし、食欲も出ます。腰も痛くないし肩も凝りません。たまに軽く風邪を引くぐらいのもので、病気らしい病気はしたことありません」
と、まことにお元気なのです。まさに「Great」であります。
想さんを拝見していると、常に悠然と歩かれています。川を覗いたり、勝淵神社横の丘で柔軟体操をされたり、植物や昆虫を観察したり、散歩的ウォーキングという余裕のある歩きかたをされています。途中でドングリを拾うと私にくれたりします。ガラス瓶を持って歩いているので、何かと訊くと、孫のためにカブトムシを獲っている人がいたからね、今朝見つけたのをあげようと思って、という具合です。
生来の健康に恵まれているから毎日歩くことができるのか、あるいは毎日歩いているからこそ、あのようにお元気でいられるのか、にわかに結論は出せませんが、歩くことと健康が深い関係にあることは、想さんを拝見していても確かなようです。



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