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●SNF日誌とは

 たしかに、ウンザリさせられることの多い毎日で、新聞、テレビなどのマスコミも、まるでこれしか話題がないかのように、残忍な事件や、経済の停滞、政治批判を並べ立てています。ていねいに見たり読んだりしていると、生きているのが無駄であるかのような気さえしてきます。
 しかし、人間社会には、もっと心豊かになる話題もたくさんあります。素晴らしい技術の研究や開発に寝食を忘れている人もたくさんいます。本欄では、そんな“ちょっといい話”をたくさん集めて、人間として生まれてきてよかったという気持ちを多くの人々と共有したいと思っています。同時に、その“いい話”を引き立てるために、“イヤな話”も時々交えることもありますが……。

朝どれ野菜を食する仕合わせ~そして読売新聞の主張

・エイキチ君の畑で、朝どれ野菜を入手
 6月18日にご紹介した、S.エイキチ君の畑に昨日の朝、立ち寄りましたら、あいにくエイキチ君は不在でしたが、ご主人夫妻とご長男の3人が作業をしていました。
 エイキチ君の写真を掲載したことを伝えると、とても喜び、畑のどの部分で何がどう成長しているか親切に教えてくれ、さらに野菜の写真はこの角度から撮ったほうがいい、などと助言までしてくれました。
 そして、獲れたてのキュウリ5本、大きな完熟トマト2個、キャベツの3種類をいただきました。もって行けよ、と言われましたが庭先販売の値段を支払いました。それぞれ100円。買う人は高いとか安いとかいいますが、作る立場になれば、野菜って手間のかかり割には、すいぶん安いのじゃないかと思います。
 朝食前に、すぐにキュウリとトマトをそのまま食べましたが、やはり採り立ては違います。ちょっと干草のような、あのナマの独特の香りがいいですね。子どものころ、母方の祖母の小さな畑で食べた野菜を思い出しました。匂いは意外に記憶に残るものなのです。50年もまえのことが、ある匂いをともなって鮮明に記憶に残っている、なんて体験はありませんか? 
 写真は上から仲良く農作業をするSさんご夫妻。そしてトマトとナスです。


・読売新聞の奇妙な論調~菅総理はリアリスト?
 私の小学生時代(遠い昔の1950年代)は、日本の新聞は公平中立の立場で記事を作る、と社会科の時間で習いました。これが事実と少しずれていると感じてくるのは中学時代で、高校時代(かなり昔の1960年前後)になると、第1次安保闘争がありましたから、かなり政治的関心も高くなっていて、新聞は必ずしも中立の立場にないと明確に知りました。今、私が危惧するのは、大新聞が世論を手前勝手に醸成しているのではないかということです。

 読売新聞に「けいざい百景」という記者によるコラムがあります。6月20日の朝刊は近藤和行という編集委員が担当で、タイトルは「菅流リアリズムで行こう」とあります。
 はじめに、リアリストの意味を検討しています。何で今さらそんなことを、というと最近の菅首相の言動は、以前は良く言えば理想家肌の正義感、論争好きで、そしてすぐにイライラして時に暴言を吐く、そんな言われ方をしていました。それが総理就任後は意外なほど慎重で正しい政治姿勢をみせている、それが現実主義者的だと読売新聞や近藤記者が思っているからです。
 文章を論理的に見せるために、リアリスト、現実主義者の定義めいたことで書き始めたのでしょう。まあ、菅総理についてのこうした印象は、読売だけではなく、他紙もほぼ同じようにとらえているようです。私も菅さんは現実主義的であると思いますが、それは政権を維持するための手法が、従来型に少し傾いているという意味からです。
 リアリストを簡単に定義するのは難しいことですが、不出来な話の枕と思えば腹も立ちません。しかし、かなりの文字数を費やして近藤記者がいいたいのは、少しも難しいことではなく、菅さんの政治姿勢が鳩山さんに比べて“とてもいい”といいたいのです。何がいいかといえば、鳩山内閣は“根拠に乏しい思い込みや、非現実的な政権公約で自滅した”理想主義であり、菅内閣はその対極にある現実主義である、それだけのことです。「理想」とか「現実」の言葉が泣きそうです。

― 良いリアリストの面が出たのは、「任期中の引き上げはしない」とした方針を覆し、消費税率引き上げの方針を打ち出したことだろう。年度内にあるべき税率など改革案を取りまとめるという。―

 この文章には2つの点で驚きます。1つは、菅氏は任期中の引き上げはしない、という方針を公式には覆していないからです。超党派で検討をしたい、自民党の税率10%も参考の1つとしたい、といっています。6月19日の読売新聞朝刊1面トップの見出しは、これも少し自分勝手な表現なのですが「消費税10% 菅政権 高齢者福祉賄える 実施は衆院選後」でした。
 これがどうして同じ新聞社なのに、1日過ぎると「方針を覆した」ことになるのか、神経を疑います。テレビ各局は20日朝の報道番組でこの問題を取り上げていましたが、いずれも民主党の正式見解は、年度内に検討するが、税率アップする場合は衆議院選挙で信を問うというものでしたから、任期中に税率を引き上げないことは変わっていません。
 もう1点驚くのは、「良いリアリストの面が出た」という言葉です。消費税率引き上げは読売新聞の持論ですから、彼らにとっては“いい”のかもしれませんが、自民党以外の野党はすべて反対していますし、私も昨日の本欄で、福祉政策の実態を改善することなく、現在の高齢者福祉を賄うための税率引き上げは「まったく無謀な論理性を欠く方針」だと書きました。
 しかし、経済産業省をはじめとする官僚や経済アナリストなどの専門家と一部のマスコミは、財政の健全化が緊急の政治課題だとして、消費税などの増税を是とし、一方で法人所得税率の提言を求めています。年金や高齢者医療を含む福祉行政の改善より、増税先行が正しい政策であるかのごとくにいわれているのです。
 しかしいまだかつて、政治家や経済学者、アナリストやマスコミの予想したとおりに経済が動いたことがあるでしょうか? あわてることはないのです。無駄を減らすことを考え、福祉のあり方をもっと考え、その上で消費税は考えればいいのです。年度内に検討することは、悪いことではありませんが、実施は別なことのはずです。

 近藤記者の記事の後半は愚にもつかぬことを並べているだけです。言及する必要もありません。そして、最後はこう結ばれています。

― 国のそろばん勘定こそ、究極のリアリズムが必要になる。工程表や具体的な道筋の提示も含め、ここは徹底した菅流現実主義でお願いしたい。―

 これほど、品の悪い提言は珍しい。「国の財政」を「国のそろばん勘定」と表現するだけでも、この種の人びとが考える健全な国家が、いかに不健全なものかが分かろうというものです。
 さらにいえば、読売新聞は6月19日朝刊から「半世紀の安保」というコラムの連載を始めました。「上」とありますから、2、3回になるのでしょうが、1回目の見出しには、“菅流「現実主義」示せるか”と書いているのです。近藤記者の「けいざい百景」と一致しているのです。そしてこの回のコラムの結びはこうです。

― 目指す現実主義は、半世紀を経た日米同盟が国際社会の平和と安定にどう貢献できるか、「信頼と安心感」を与える道だといえる。―

 こうして、読売新聞はあの手この手で、菅首相に理想を追わず、現実的になれといい、その現実主義とは日米同盟にもとづくことだと主張しているにです。もう、議論の余地なく決めつけているのです。6月20日の社説では消費税率について、

― 引き上げを国民に堂々と訴えよ ―

 と大書しています。もはや「公平中立の立場」など、どこにもありません。鳩山政権を罵り続けたように、今度は菅総理を現実主義者という言葉で持ち上げ、自社の考えを押し付けているわけで、読者である国民は、あなたたちはどうせよくわからないのだから、読売新聞に任せておけ、と言わんばかりの勢いです。
 私は今こそ日米関係を根底から見直し、新たな日米関係を築くべきであると考えます。こう考える人は、日本にもアメリカにもたくさんいるので、読売新聞の主張は一方的に過ぎます。消費税に対しても、福祉も教育もあらゆる分野で、考えることがたくさんあります。今は、一人ひとりがマスコミ報道に惑わされることなく、考えを深めることが必要なのではないかと思います。

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