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●SNF日誌とは

 たしかに、ウンザリさせられることの多い毎日で、新聞、テレビなどのマスコミも、まるでこれしか話題がないかのように、残忍な事件や、経済の停滞、政治批判を並べ立てています。ていねいに見たり読んだりしていると、生きているのが無駄であるかのような気さえしてきます。
 しかし、人間社会には、もっと心豊かになる話題もたくさんあります。素晴らしい技術の研究や開発に寝食を忘れている人もたくさんいます。本欄では、そんな“ちょっといい話”をたくさん集めて、人間として生まれてきてよかったという気持ちを多くの人々と共有したいと思っています。同時に、その“いい話”を引き立てるために、“イヤな話”も時々交えることもありますが……。

ヒルガオとヒメジョオン ~ 文弱の徒よ、今こそ発言せよ

・雑草の可憐な美しさ
 今年は予想以上に真面目に梅雨をしている東京ですが、今朝の東京都下三鷹市南部は5時半ごろに小止みとなりました。早速、念のため傘をもってウォーキングに出かけました。雨に濡れたせいでしょう、木々も草も生き生きと輝いていました。盛りを迎えているアジサイも、色とりどりの花に水滴を宿らせ、艶(あで)やかさを競い合っているようです。
 私の歩く仙川の河畔は、民家との境目が「ベニカナメモチ」の生垣になっているところがほとんどです。ベニカナメモチは普段は緑の葉をしたバラ科カナメモチ属の常緑広葉樹ですが、剪定すると何度も新芽を出し、それが美しい赤い色をしているので、別名をアカメモチといいます。土地の人は単にアカメと呼ぶ人が多いようです。三鷹市が生垣として推奨していることもあって、仙川河畔以外でも市内のあちこちで見られます。

 いつもは仙川を覗きながら歩くことが多いのですが、今朝は水かさが少し増し濁っているので、生垣を見ながら進みました。すると、アカメの生垣の葉の間から、淡いピンクのアサガオ(朝顔)のような可憐な花がいくつか顔を出しています。最初の写真です。そして、少し地面に近いところを見ると、なんと蝶が全身を筒形の花に突っ込むようにして蜜を吸っています。2枚目の写真です。

 花はアサガオなのか、別なものなのかはっきりしませんので、家に戻ってから調べました。なんと、「ヒルガオ(昼顔)」でした。ヒルガオはアサガオと同じで朝開くのですが、昼間も咲いているところから、この名がつけられたということです。それじゃあついでに、「ユウガオ(夕顔)」はというと、こちらは夕方に咲いて翌日の午前中にはしぼんでしまうところから命名されたそうです。この、朝、昼、夕に因む名を与えられた植物は、3種ともヒルガオ科に属します。しかしなぜか、本家のヒルガオは通常、雑草に分類されています。

 少し先のまさに雑草がいっぱい繁っている河畔には、中央が黄色で花びらは白い、小さなキクのような花がたくさん生えていました。3枚目の写真です。ここにも蝶がとまっていました。花は家に戻って調べますと、キク科ムカシヨモギ属の「ヒメジョオン(姫女苑)」という風雅で立派な名前ですが、“道端でよく見かける雑草”と説明されています。

 そうそう、花の名前は分かりましたが、蝶はどちらも調べる余裕ががなく、不明のままです。じつは私は、虫類はあまり好きではないので、図鑑を手許に置いていないのです。どなたか、ご教示ください。そういえば、鳩山邦夫元総務大臣が蝶の収集家として有名ですね。自民党を離党されて、お時間もあるでしょうから、訊いてみようかと思いますが、選挙区が違いますので相手にされないでしょうね、当然!

 ここで少し気になるのは、植物における雑草とは何か、ということです。広辞苑には「いろいろの草。農耕地で目的の栽培植物以外に生える草本」とあります。最初の説明の率直さはなんとも、編者・新村 出(しんむらいずる 1876 – 1967)先生の面目躍如といったところですね。せっかくですから大辞林も見てみましょう。最初の語釈は「人間が栽培する作物や草花以外の、いろいろの草。田畑・庭園・路傍・造林地などに侵入して、よくはびこる」とこちらは念入りに説明されています。

 さらにしつこいようですが、英語の辞書も紹介しておきましょう。雑草は普通“weed”ですね。Random Houseにはこうあります。“a valueless plant growing wild, especially one that grows on cultivated ground to the exclusion or injury of the desired crop.”大辞林とほぼ同じ説明ですが、何かいかにも邪魔物というイメージが強いですね。
「雑草のように強くあれ」なんて励ましの言葉もありますが、あれは世間の差別、侮蔑、中傷にめげず力強く生きよという意味ですから、やはり雑草は人間社会では、気の毒な存在なのですね。しかし、今日ご紹介した2種の雑草は、力強さよりもむしろ可憐な感じがします。雑草と非雑草については、これからも少しずつ考えていこうと思います。

文弱の徒よ、今こそ発言せよ
 雑草の話が少し長くなりましたから、今日は簡単に見解だけを申し述べます。菅新総理が就任し、テレビのニュースで所信表明演説と代表質問への答弁を見ました。ちょっと意外な感じを受けました。菅さんらしさがないですよね。事前に作られたメモをしきりに読む、その結果顔を下に向けることが多くなりますので、新総理らしい新鮮さや、頼もしさが少しも感じられません。
 ひたすら失言しないように、と気をつけているのでしょう。発音は正確ですし、鳩山さんのように、ひと昔前の新劇で失恋男がグチをこぼしたり、開き直って声高に相手の女性を非難し自分を正当化する、という芝居がかったところがないのはいいのですが、舌禍を待ち望んでいる野党やマスコミを恐れてか、安全運転に徹していたのは、少し情けないように思いました。
 どうも、最近の政治家の発言、マスコミに登場する識者とやらのコメントが、一様に安全志向なのが気になります。世間から攻撃されないように、当たり障りのない、没個性の言葉が多いのですね。別な言葉でいえば“現実的”ということです。
 代表的な例でいえば、消費税の税率アップについてです。選挙前に増税をいうのは自殺行為と思われていましたが、ここ数年のマスコミの論調は、財源を無視した福祉行政は財政の破綻をまねく無責任な方針、勇気をもって増税に踏み切るべきだ、に近くなってきています。
 ですから、菅総理の消費税を10%に引き上げることを検討するという方針に対して、大新聞は好意的な報道をしています。しかしです、「高齢者にかかる福祉の費用を、新しい税率の消費税でほぼ賄えるようになる」という菅さんの説明は、間違っていると思います。そして、大新聞は最近ヨーロッパ先進国の消費税が日本よりもずっと高いのを示す、表やグラフを掲載し、菅政権の税率アップを支援するかのような紙面づくりをしています。
 私は、このような政治家の増税方針や新聞論調は非常に大きな誤解を一般大衆に与えるものだと思います。なぜなら、北欧諸国、そしてイタリアすら、現在の福祉行政、老齢化対策は、日本をはるかに凌駕する充実したレベルに達しているのです。北欧には特別な贅沢を望まない限りは、正しく納税してきた人は医療費を含んで老後の生活の不安がほとんどない。その上で、15%~25%という付加価値税(消費税)がバランスしているのです。
 ところが、今の日本はどう考えても、老後の生活は不安だらけです。この状態をヨーロッパ並みに大幅に改善するのではなく、現状維持のために5%増税するというのは、まったく無謀な論理性を欠く方針ではありませんか。
 難しい話はこのくらいにして、私は呼びかけたいのです。文弱の徒よ、今こそ大いに発言せよ、と。政治家も学者も立場があるでしょうから、よほど自信や成算があり、マスコミから非難を浴びない政策や提言しかできないでしょう。要するに彼らは“無難で現実的”という枠に縛られ、惰性的で退嬰的な思考回路しかもち得ないのです。
 私の呼びかけは、小説や詩や戯曲など文芸に関わる人、画家や彫刻など美術に関わる人、こういう人を総称する適当な言葉が今は思い浮かばないので、とりあえず“文弱の徒”と仮称しましたが、そういう人が責任をもたなくて済む代わりに、大胆で検討に値する発言をしていこう、ということです。
 政治家がマスコミともたれあってグズグズしている間に、いろいろな分野で、まともな議論をどんどん積み重ねていかなくてはなりません。もっと思考を巡らせなければいけないのです。そういう社会があって初めて、もう少し人間らしい健全な政治が行われる時代になるのではないか、と思うのです。

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