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●幼年時代

 第2次世界大戦敗戦後の、荒廃と貧しさが全国各地にまだ色濃く残る1955(昭和30)年。北海道札幌市の中心街にある大通小学校(札幌市立)に通学する、6年生の少年の1年間を描く半自伝的小説。大きく社会が変化して行く中で、当時の少年はどんな生活をしていたのか。今はすっかり大都会となった札幌の自然描写にも注目。

幼年時代 第8回 複雑な静代の気持ち、そして曽根と吉田との相談

校庭のイチョウの大木、校木といわれ大事にされていた

 静代はなんだか気分を悪くしたみたいだ。俺にはどうしてだかよくわからない。英樹が気をつけろ、っていったのはこういうことかな、と思った。でも、今日は無事に放送も終わったし早く帰る。
 放送室の機械の片付けで面倒なのはケーブルの巻き方だ。先生に何度も教えられたんだが、なかなかきれいにできない。捩れができないように1巻きごとに向きを変えて螺旋に巻いていくと、使うときにパッとまっすぐに伸びるのだが、手の返しが難しい。静代が帰った後、1人で練習していると、通りかかった隣の2組の小島先生が、
「おっ、ご苦労さん。今日の朗読、よかったぞ。来週は続きを読んだらいい」
 と声を掛けてくれた。そうか、不出来だと思っていたが、案外朗読は良かったらしい。お母さんいってたし、俺は朗読に向いているのかな、アナウンサーにでもなろうかな、なんて思いながら練習を続けた。20分ぐらいして疲れたので、帰ることにした。玄関を出て、大通り公園を渡ろうとしたら、なんと静代がいた。 

「あれっ、もう帰ったのかと思ってたのに、どうしたの?」
「浩さんて、忘れっぽいのね。昨日は今日の放送を忘れてたし。昨日、約束したじゃない、毎日一緒に帰るって。だから私玄関でずっと待ってたのに、浩さんたらなかなか来ないんだもの。私、もう少しで先に帰るところだった」
「だって、用事があるから急いで帰るっていったじゃない」
「あれは、ウソ。私、ときどきウソをいうの。気に入らないことがあると、ついウソをつきたくなっちゃう」
「へー、そうなの。僕はバカだから、ほんとだと思っちゃった」
「ごめんね。さっきは陽子ちゃんのこと、浩さんが本当は好きなのかな、って思ったもんだから、ウソいっちゃった。私、少しやきもち焼きなの」
「ふーん。僕、ほんとに陽子ちゃんに関心なかったんだけど、そんな風にいわれてみると、自分で気づかないうちにあの子のこと気にしてたのかもしれないね」
「浩さんて、ほんとにバカね。怒っちゃうよ、私。もう陽子ちゃんのことはわかったからいいの。変なこと考え直さないで。それより、さっき途中になっちゃったけど、『坊ちゃん』の朗読ね、よかった。セリフのところもいいけど、私は文章のところが気に入った」
「なんか静代ちゃんにいわれると恥ずかしいな。だって静代ちゃんは本をたくさん読んでるってきいたよ。僕なんかあんまり本読まないから、ほんとに上手く読めたのかどうか自信がない」
「私、そんなにたくさん読んでるわけじゃないけど、図書室に行くのは好き。でもうちの学校は本が少ないんじゃない? 今度、全市の子供会議で一緒に行く日創成小学校なんかたくさん本があるんだって」
「ああ、そう。僕はよく知らない。本より池に行ったり山に行くほうが好きだから」
「でも、昼の朗読を聞いてると、本が好きなのかな、って思った」
「嫌いじゃないけど、外で遊ぶほうが面白いもん」
「『坊ちゃん』の続きは来週?」 

 学校はコの字型の2階建て校舎と、残りの1辺の体育館で、ロの字形になっていて、中庭は運動場になっている。各教室は廊下を隔てて運動場に面している。
 正門がある南の1辺は大通り公園に面し、反対北側の体育館は、札幌駅から円山公園に向かう北1条通りに接している。この通りを時々自衛隊とアメリカ軍の戦車や重装備した大型トラック、ジープが何台も列をなして通った。俺たちはわずかな恐怖を感じながら、その行進が通り過ぎ去るまで眺め続けたものだ。東側は自衛隊の真駒内基地方面に向かう石山通りに面し、西は6メートル幅の道路を挟んで民家が連なる一帯に面している。この1辺の1階に1年生、2階に6年生の教室がある。 

 放送が終わった翌日木曜日の午後、曽根と吉田と3人で社会見学の相談をした。岡田は家の用事があって先に帰った。曽根が「浩さん6年になってから、放課後は私たちとあんまり付き合わないね」と、少し怒ったような顔でいった。
「そうだね。5年までは委員会も6年生任せだから、暇だったけど、6年になったら全部自分たちがやらなくちゃならないから大変なんだ。ほら、来月は運動会と修学旅行でしょ。そして全市の子供会議がは7月は日創成小学校であって、9月はうちの学校である。それに学芸会が10月。放送部は昼は毎週水曜日が担当だけど、朝礼は1日おきだし、何か問題があれば、いつでも駆けつけるようにって高橋先生にいわれてるし」
「代表委員は大変だってわかるよ。でも、私たちのクラス6年になってから、まとまりがなくなってきた。それはやっぱり浩さんが学校のことにばっかり熱心で、クラスのことをあまりやらないからよ」
「だけどクラス担当の委員は松島じゃないか。何か問題があったら松島にいってよ」
「でも、松島君は…、ねえ昌子」 

 吉田昌子は1人娘で、両親は俺たちの親より少し齢をとっているように見えた。誰かが、吉田の本当の両親は彼女が生まれて間もなく亡くなったので、お祖父ちゃんお祖母ちゃんと一緒に暮らしてるのだ、といっていたが本当かどうかは知らない。色白の上品な顔立ちだ。やせていて病弱そうに見えるが、ほとんど休んだことがない。
 そういえば、同じクラスになって3年ちょっと過ぎたが、吉田の泣いた顔は1度も見たことがない。いつも真面目な顔をしているか、ニコニコしていて、怒ることもめったにない。話し方はお嬢様ぽくって声も小さかったが、負けず嫌いなところがあった。芯が強い子なんだろうと俺は思っていた。
 曽根克子は、クラスの女子でいちばん背が高く、健康的な運動好きの少女だ。お母さんは彼女とよく似たすらりとしたきれいな人で、化粧品会社に勤めている。お母さんがいるときに1度遊びに行ったことがあるが、うちではめったに食べたことのない甘いクリームが綿帽子のように全体を覆ったケーキと、きれいなカップにいれた紅茶をご馳走になった。お母さんが動くと甘い匂いがして、鼻の奥がムズムズした。
「浩ちゃん、ご兄弟は何人?」
「姉と妹が1人ずつ」
「あら、じゃ1人息子ね」
「兄がいたんですけど、僕の生まれる前に死んじゃったんです、猩紅熱で」
「あら、可哀想。それじゃお母さんは浩さんを大事になさってるわね」
「どうかな。怒るとすごく怖い。この間なんか箒の柄で叩かれちゃった。でも僕お母さん大好きです」
「いいわね。克子なんか私よりお父さんが好きみたい」
「だってお母さんたらいつも勉強しなさいってしつこいんだもの」
「だけど、曽根はいつも私のお母さんきれいで素敵っていってます」
「あら、ほんと?」
「お世辞だよ。それにそんなこと浩君とか昌子ちゃんにしかいったことないんだからね」
 曽根のお母さんは明るくてとても感じがよかった。洋服とハイヒールがよく似合う。母は和服に草履のことが多いからずいぶん違う。

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