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●幼年時代

 第2次世界大戦敗戦後の、荒廃と貧しさが全国各地にまだ色濃く残る1955(昭和30)年。北海道札幌市の中心街にある大通小学校(札幌市立)に通学する、6年生の少年の1年間を描く半自伝的小説。大きく社会が変化して行く中で、当時の少年はどんな生活をしていたのか。今はすっかり大都会となった札幌の自然描写にも注目。

幼年時代 第7回 浩には静代の気持ちがわからない

浩が小学校5年から3年半一緒に暮らした愛犬ジョン

 翌日学校に行くと、英樹が近づいてきた。
「浩、お前、昨日青山と一緒に帰ったろう? 気をつけろっていっておいたのに、お前はほんとにバカだな」
「何でバカなの?」
「わかんないの? しょうがないなヤツだな。それからさ、青山はお前のことほんとに好きなのかもしれないぞ。俺わかっちゃったんだ、昨日」
「なんで? ただの友だちだよ、委員会の相談もあるしさ」
「それはそれでいいけど、あいつはお前のこと好きなんだ。昨日帰りに1年生の教室で伊藤がお前と青山をぶつけただろう? そのとき青山は逃げなかった。それどころか、お前を引き寄せるようにしたじゃないか」
「そんなことないよ。俺が転びそうになったから、ちょっとシャツをつかんだだけだよ」
「お前ね、俺は伊藤みたいな甘ちゃんじゃないんだよ。ちゃんとわかるんだ。あれはお前を好きだ、って合図なんだ。そんなこと知らなくてお前よく学級委員してるな。委員ってさ、勉強できればいいってもんじゃない。みんなの気持ちが読めなくちゃ。いいか、とにかく青山はお前のこと好きなんだから、いろいろと気をつけろ」

 英樹は勝手なことをいって自分の席に戻って行った。昼の放送で頭がいっぱいなのに、あいつは朝から余計なこといって、と俺は頭にきた。でも、仕返しをするのは後でゆっくり考えることにした。午前中の授業は算数、国語、社会の3科目だったが、どれも頭に入らなかった。昨日いろんなことがあって、その上今日は昼の放送で朗読しなくちゃならない。
 どうして自分にだけに面倒なことが次々と起こるんだろう。門脇なんかいつも悠々としている。自分の好きなことだけをして、その上毎月お小遣いをたくさんもらって、模型や本をどんどん買ってる。俺は何かあるたびに責任のある役をやらされて、時には褒められることもあるが、非難されたり怒られたりすることの方が多い。お小遣いなんか正月にしかもらったことがない。何か欲しい時には親に説明して何度も頼まなくちゃならないし、10個頼んだらそのうち1個しか買ってもらえない。やっぱり、俺は不幸な生まれつきなんだ。
 でも、俺はお母さんが好きだし、犬のジョンも好きだ。友だちもたくさんいる。だから、毎日が楽しいんだけれど、6年になってから急にいろんなことが起こって、ときどきムシャクシャする。早くタニシをとりに行きたい。そして、英樹にいろんなこと教えてもらうのも楽しみだ。

 放課後、放送室で片付けをしていると青山静代がやってきた。
「わぁ、放送室って初めて入ったけど、ずいぶんいろんな機械があるのね。浩さんはみんなこれが使えるの?」
「機械のことはあんまりわかんない。放送するときに、何をどういう順番でスイッチを入れていくかとか、レコードを掛けるときにはどうするかとか、要するに必要な使い方を知ってるだけだよ」
「でも私、尊敬しちゃう。私なんか全然わからないもの」
「静代ちゃんだって、教えてもらえばすぐ覚えるよ。使うだけなら簡単、簡単」
「そうかしら。私も2学期から放送部に入ろうかな、浩さん?」
「でも女の子は今まで1人もいないんじゃないかな、放送部には」
「どうしてだろうね。女の子は機械に弱いって先生たちが思ってるせいじゃない?」
「うん、そうかもしれない。どうなるか面白いから2学期に申し込んでみたら」
「そうね、考えとく。浩さん、ここで話していても先生に怒られない?」
「だいじょうぶ。僕は高橋先生に信頼されてるから、学校が終わるまでここにいても怒られないよ」
「ここなら、誰もいないから2人でゆっくり話せるわね」
「うん。今日はもう池に行かないことにしたから話をしてもいいよ」
「あら、池ってどこの池?」
「道庁の池。タニシを採りにいくの」
「タニシ? 浩さんはあんな汚い貝が好きなの?」
「うん、まあね」
「浩さんとならどこでも一緒に行きたいけど、私タニシなんか好きじゃないし」
「うん。タニシはね、英樹と2人で行くんだ。だから静代ちゃんはダメ」
「そういわれると行きたくなっちゃうな。でも、止めとく。あっ、そうそう。浩さん、今日の昼の放送、よかったよ。私ちゃんと聞いたからね」
「聞いちゃったの、恥ずかしいなあ。ちゃんと練習してないからあんまりうまく出来なかった。昨夜、お母さんにも叱られたんだ、あんたは準備が悪いって」
「あらそう。でも、私は良かったと思う。うちのクラスの間島先生がね、珍しく褒めてたよ。あの先生、めったに生徒を褒めないじゃない。でも、この朗読は3組の浩か? なかなか上手に読んでる。みんなもちゃんと聞きなさい、っていったの、ほんとだよ」
「間島先生がほめてくれたの? 僕さ間島先生怖いんだ、何となく。この間なんか階段のところでジロッて睨まれたちゃったし」
「どうして睨まれたの?」
「静代ちゃんのクラスに七尾陽子って質屋の娘がいるじゃない。あいつ生意気なんでいつかいじめてやろうって、うちのクラスの連中がいってたの。あの子いつもお洒落でちょっと可愛いでしょ。でも、気に入らないことあると、すぐ先生に言いつけるんだ。で、先週だったかな、熊谷が廊下で七尾とすれ違った時に“七尾の七は質屋の七、バカな質屋の陽子は、ようこその陽”なんていっちゃたもんだからさ。あいつ間島先生に言いつけたんだ。僕がいったんじゃないんだよ。でも、先週休み時間に階段の近くで熊谷たちと5、6人でいたら間島先生が通って、僕のことジロッて睨んだんだ。先生、僕じゃありませんっていおうとしたら、そのまま行っちゃったの」
「へーっ、浩さんって、陽子ちゃんのこと気に入ってたの。知らなかったな」
「えっ、違うよ。ただ僕は女の子いじめるの好きじゃないから。別に七尾なんか気にしてないよ」
「でも、陽子ちゃんってほんとに可愛いものね。うちのクラスでも男の子に人気がある。浩さんも男の子だもんね」
「なんでそんなこというの? 僕ほんとに七尾になんかに関心ないよ」
「いいの、いいの。私、教室に忘れ物したからもう帰る。浩さん今日は私ちょっと用事があるから急いで帰るね。また、明日。さよなら」
「そう、じゃ僕も片付け終わったら1人で帰る。さよなら」

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