夕食後、縫い物をしている母のそばで宿題を片付け、明日の昼の学校放送の内容を考えた。給食の時間に30分の番組を放送部の5つのチームが交代で担当している。俺は水曜日の担当だが、食べながら聞いている子なんかほとんどいないから、反応もないし最近やる気が失せてきていた。でも、熱心に聞いている先生もいるので、あまりでたらめなことはできない。先週は自分のクラスの生徒を5人選んで、ラジオの「とんち教室」の真似事をした。その前は童謡のレコードをかけてその歌詞を朗読するという歌番組をやった。どれも面白くなくて、自分でも嫌になった。青山静代は聞いていたんだろうか。なんで明日は俺の担当だなんて覚えていたのだろう。変な子だ。とにかく明日のことは何もまだ決まっていない。困った。
「ねえ、お母さん。明日の放送は何をしたらいい?」
「あんたはいつも準備が悪いのね。明日のこと今考えてるの? お父さんと同じね、やっぱり親子だね」
「お父さんと何が同じなの?」
「お父さんも、何かあると必ず締め切り日の前の晩からしかやらないの。それまで何もしないから時間がなくなって、すごく機嫌が悪くなるでしょ。お母さんほんとにそれが嫌なの、なぜもっと前からやらないのかしら」
「お父さんに似てるなんてやだな」
「だったらもっと早くからしなさい。毎週のことなんだからね」
「今度からそうする。でも、明日は何がいいと思う? 肩を揉みましょうか」
「あんたは調子がいい子ねえ。お母さんは子供じゃないんだからわかりませんよ、何がいいかって聞かれても」
「でも、こんなの聞いてみたいな、なんて思うことあるでしょ。あっ、お母さん、肩のここのところ、グリグリがあるよ。これどうしたの?」
「ああ、そこね。それは血管に何かの塊ができたの。あんたがお母さんを困らせるたびに大きくなる。そのうちに血が通らなくなるかもしれない。そうなったらお母さん死んじゃうかもしれない」
「えっ、ウソでしょ。そんなわけないよ。脂肪の塊じゃないの?」
「いいえ、そこに血管が通ってるでしょ、青い筋が血管。グリグリはちょうどそこのところにあるでしょう?」
「うん」
「だから、血管が詰まってきてるの」
「だったら早く病院に行かなくちゃ。ねえ、僕はお母さん死んだら生きていけないんだからね」
「そのうちに行きます。でも、あんたがいい子にしてくれれば自然に直るんだから、急いで病院に行く必要はないの。わかった?」
「うん、わかった。でも、明日はどうなるの? 放送は明日のお昼だもん」
「そうね。今からじゃ他の子に頼むのは無理ね。あんたが1人でできること考えるしかないわね」
「うん。困ったな、どうしよう。お腹痛くなって休んじゃおうかな。どうせ誰もまじめに聞いてないんだから」
「それは駄目よ。そういうの責任逃れっていって、お母さんいちばん嫌い」
「じゃ、何か考えて」
「お母さんはね、あんたの朗読が好き。この間の授業参観ね、あんたが読まされたの聞いて、お母さんとっても嬉しかった。声も良かったし、読み方がとっても上手だった。他のお母さんたちも感心してたわよ。だから、何か自分の好きな本を読めばいいんじゃない?」
「朗読かあ。でも、30分も一人で読んだらみんな退屈しちゃうでしょう」
「そんなことないわよ。上手に読んだら30分ぐらいあっという間だからみんな聞いてくれると思うな。だいじょうぶよ」
「そうかなあ。じゃ何を読んだらいいと思う?」
「そのぐらい自分で考えなさい。何か最近読んで面白かったものないの?」
「ないよ。だってこのごろ忙しくってさ。図書館にも行ってないし、本はあんまり読んでないんだ」
「しょうがないわね。だったら、漱石の『坊ちゃん』なんかどう? 前に読んで面白いっていってたじゃない」
「ああ、あれは面白かった。じゃ、それにする。よかったなあ、やっぱりお母さんに相談するのがいちばんいいや、すぐ決まるもの」
「何いってるんですか。これからはもっと前から考えて準備するのよ。それから、寝るまえに1回読んでおいた方がいいわよ。30分でどのぐらい読めるか試してみて、ちょうどいいところを選ばなくちゃ」
「大丈夫、だいじょうぶ。何とかなるから」
「しょうがない子ねえ。恥をかくのは自分なのよ、失敗してもお母さん知らないからね」
「はーい。お休みなさい」


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