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●幼年時代

 第2次世界大戦敗戦後の、荒廃と貧しさが全国各地にまだ色濃く残る1955(昭和30)年。北海道札幌市の中心街にある大通小学校(札幌市立)に通学する、6年生の少年の1年間を描く半自伝的小説。大きく社会が変化して行く中で、当時の少年はどんな生活をしていたのか。今はすっかり大都会となった札幌の自然描写にも注目。

幼年時代 第2回 浩と仲間の確執

1955年、札幌市最大の繁華街、南1条西4丁目。中央奥は三越デパート

 英樹は、ヒデキではなくエイキと読むが、発音しにくいので仲間は“エキ”と呼んでいた。彼もそう呼ばれるのが好きだった。いつか理科の授業で、鳥や虫には人の役に立つ益鳥、益虫と、役に立たない害鳥、害虫があると教えられて、
「エキは益に通じるからさ、俺は益人だよな、浩」
 と、喜んでいた。確かめたわけではないが、彼は他の生徒よりたぶん2歳ほど年長だったと思う。俺たちと同じ学年にいたのは、足の病気のせいなのか、もっと別な事情があったのか、よく分からなかったし、知りたいとも思わなかった。

俺は学年でも1、2を争う優等生で、彼は下から数えた方が早い劣等生だったが、不思議にウマが合った。彼の家にも何度か遊びに行った。
 英樹の右足は膝のあたりで折れて、その下が少し曲がった形でダラリ垂れていた。松葉杖がなければまともには歩けなかったが、彼はとても敏捷で、もし足が悪くなかったら、いいスポーツ選手になれたかもしれない。色黒で頬が少し窪んだ精悍な顔立ちで、澄んだきれいな目をしていた。俺に秘密めいた話をするときには、その目が光を増すように感じられた。

 クラスで俺の席は西に向かった窓側の列のいちばん後ろだった。夏の午後は強い西陽が当たって、頭の先から脇腹まで左側が、ジリジリと焦げるように熱くなる。しかし、この日はまだ5月になったばかりだったから、西陽は穏やかで眠気を誘う心地よさだった。もうすぐ15分の休みがあって、その後もう1科目を我慢すれば、池に行かれる。風に揺れるアカシアの大枝をぼんやりと見続けていると、教師が俺の名を呼んでいた。
「浩、眠そうな顔をしてるな。授業中はぼんやりしちゃいかん。勉強のし過ぎか? これからの話をよく聞くんだぞ、いいな。先週話した社会見学を今週から始めることにする。それで、まずお前は男女4人ずつ8人のグループを編成して、新聞社と放送局を回れ。それから、松島。お前は同じように8人チームを作って、衣料品工場。そして、高橋。お前のグループは鉄工所。伊藤はデパートを含む商店。斎藤は市場だ。今日の放課後、リーダーの5人は相談して、グループ編成をするように。メンバーの取り合いでケンカしちゃいかんぞ。では、今から15分休憩。」 

 何ということだ。今日は英樹と道庁の池にタニシを獲りに行くんだというのに。しかし、優等生の俺は元気よく、
「はい、先生。わかりました。じゃ、今先生に指名されたリーダー4人は放課後残ってください。それから他の人は、休み時間の間に、自分が入りたいグループのリーダーに名前を書いた紙を渡してください。では起立、礼!」
 と、指示をしてしまったのだった。 

 休み時間に英樹が寄ってきていう。
「お前、調子いいねえ。放課後遊びに行きたかったんじゃないのか。あんまりいい子にしてると疲れるし、みんなに嫌われるぞ」
 そして、大人びた口調で付け足した。
「俺はどのグループにも入らないからな。社会見学なんて馬鹿馬鹿しいよ」
 そういい残して、松葉杖の音をわざとらしく大きく立ててどこかに行ってしまった。英樹が離れたのを見て、高橋、松島、伊藤、斎藤の4人が近づいてきた。
「急な話だよなあ。それに、僕は人を選ぶのはいやだ。きっとどのチームかに集中して、まとまらなくなるんだもん。浩は新聞社とか放送局でカッコいいけど、市場や工場なんて、誰も行きたくないよ。浩はいつも先生にヒイキされてずるい」
 と、坊ちゃん刈りの松島が口をとがらせる。そうか、俺はそこまで気づかなかった。先生にひいきにされてるなんて意識はまったくなかった。成績がいいからついそういう役回りになるんだとばかり思っていた。
「そうだよ。浩はいつも自分だけいい役してさ、他の人の気持ちなんかわからないんだ」
 お人よしの伊藤までそういう。すると、斉藤が、
「そうでもないけど、今度もきっと女の子なんか、みんな浩のグループに行きたがるよな。別に浩が悪いんじゃなくて、僕は先生のやり方がいけないと思うんだ。僕たちに決めさせるのは、自主性を重んじるとかいうけどさ、自分で決めるのが面倒くさいんじゃないの。それで、いい子の浩に任せちゃうんだ。浩も可哀想だよ」
 すると、松島は俺に対抗心があるから、斎藤の顔をにらんで抗議口調でいう。
「先生が悪いってことはないよ。命令されたら何でも引き受ける浩が悪いと僕は思う。それに僕は今日お母さんと出かける約束があるから、放課後は時間がないよ。浩が引き受けたんだから、僕は全部、浩に任せる。決めてよ、決まったことには従うからさ」
「松島、それは勝手だよ。僕だって放課後は行きたいところがあるんだ。とにかく、ケンカしないでさっさと決めようよ」
 と、斎藤がまとめに掛かる。どうも困ったことになった。俺の本心は社会見学なんかどうでもよかった。タニシのことばかり考えていたから、とっさに先生に従ってしまっただけなのだ。しかし、こうして4人の話を聞いていると、さっき英樹が言い残した「みんなに嫌われるぞ」という忠告が当たっているように思われてくる。
「みんなの意見はわかった。とにかく、放課後は集まってくれ。15分ぐらいで終わりにするから、松島もなんとか残ってよ、な。どこかのグループに人が集中したら、適当に分けちゃえばいいんだから。俺が責任とる。じゃあな」
 と俺は強引に切り上げた。

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