山頂まではもう一息だが、足場がこれまでより悪くなった。ジュゴンが慎重に足下を確認しながら先頭を行き、英樹が続く。俺がそのすぐ後ろを見守りながら進む。南は英樹と並ぶようにして登りたかったので少し不満そうな顔をしている。そんな気持ちを察して静代が話しかけた。
「南ちゃん、円山って上のほうは意外に石ころや岩が多いんだね。遠くから見るのと実際はずいぶん違う」
「ほんと。円山って火山だったのかな?」
「そんなことないでしょ。円山が噴火したなんて聞いたことないもん」
「じゃあ、自然に丸く盛り上がちゃったの?」
「私、知らない。そんなこと、どうでもいいじゃない」
「浩さんは知ってるかな?」
「はい、はい。あんたの浩は何でも知ってるんじゃない。おーい、浩君。円山はどうしてできたのかって、静代ちゃんが聞いてるよ」
振り向くと、静代がニヤニヤしている。
「円山のこと? 確か火山活動で出来たんだ。だからこのあたりは安山岩が多いの」
「へー、浩君って変なこと知ってるんだね。女の子の気持ちはわからないくせに、ねっ静代ちゃん」
「明治の中頃までは、この山から石を切り出していたんだって。こんな高い所から運び下ろすのは大変だったろうなあ」
「まだ説明してるよ。浩君って不思議な男だよね」
「そうかな。私は浩さんの知識欲旺盛なところが好き」
「それはどうも。でも、静代ちゃんの気持ちはちゃんとわかってるんですかね」
「それは、もちろんよ」
「ほんとかな。浩君ってさ、まだ女の子よりお母さんが恋しいってタイプなんじゃない?」
「それは失礼よ、ね、浩さん」
「聞こえないふりしてるよ」
「さあ、もうすぐ頂上だ。英樹は頑張ってるよ」
「話題をそらしてるよ浩め、ね、静代ちゃん」
「英樹さんの頑張りはほんと予想以上だね、南ちゃん」
「あら、あんたまで話をそらして」
「あのね、浩さんと私はもう強い力で結ばれてるから、心配ご無用なの」
「へー、ずいぶん自信たっぷりだね。何かあったの?」
「なーんにも、あ、り、ま、せ、ん」
「ずるいなぁ、私に隠すつもりなの?」
「そんなことないよ。それより、最後のところで滑ったら大変だから、南ちゃんは浩さんと代わって、英樹さんのすぐ後ろに行ったら?」
「ああそうね、そうしよう。でも、確かに英樹はスゴイ。じゃあ浩君、私と位置代わってちょうだい」
南は俺の脇をすり抜けるようにして前進して、英樹の後ろについた。静代が俺に近づいて背中をポンと打った。
「浩さん、私、もう足が疲れて痛いの。ちょっと助けてちょうだい」
「うそばっかり。足なんか痛くないんじゃない」
「へへへ、わかる?」
「わかるさ。足の痛い人があんなにおしゃべりするわけないもん」
「だって今日はいつも誰かがそばにいて、なかなか2人で話せないんだもん」
「そりゃ今日は4人で山に登るために来たんだから。でも、静代ちゃんは結構戦略家だね」
「どういう意味?」
「今、南ちゃんを上手に前に行かせたじゃない」
「そういうの戦略っていうの?」
「策略かな?」
「あら、意地悪ねえ。浩さんて私の気持ち全然わかってない」
「ねえ、静代ちゃん、円山は小さな山だけど、さすがに山だね。いろんな鳥の鳴き声がしてるのに気がついてた?」
「また話をそらす」
「あのね、カラスやスズメは別にして、ヒヨドリ、シジュウカラ、ヤマガラ、クロツグミ、ああそれにウグイスも聞こえた」
「んもう、浩さんのバカ。もう知らないから。あっ、痛ーい。やっちゃった」
「あっ、大丈夫?」
静代は石につまずいて前に倒れた。右手を地面について泣きそうな顔をしている。オーバーな演技だと思ったが、俺はだまされることにした。南が振り向いて、馬鹿にしたような顔で笑った。静代は左手を俺の方に伸ばして助け起こすのを催促している。俺は右手でその手をつかみ、左手を彼女の腰の左側から腹に回して引き寄せた。立ち上がらせると、ちょうど俺が後ろから抱き締めた格好になり、静代は満足そうに笑みを浮かべた。すかさず南が大きな声で、
「こらあ、神聖なお山で悪ふざけをしちゃいかん」
静代は南に向かって舌を出し大きなアカンベーをした。その時、ジュゴンと英樹が振り向いて手招きをした。
「さあ、もう10メートル登れば頂上だ。みんなこっちにおいで。英樹君のお尻を4人で押して、1番乗りさせようじゃないか」
俺たちは、賛成、賛成と叫びながら英樹に駆け寄った。いつもの英樹なら断ったはずだが、さすがに今は疲れているのだろう、何もいわず照れ笑いを浮かべている。
「さあ、英樹君。いよいよ頂上だぞ。ここからは君が先頭だ。みんなすぐ後ろにいるから、たとえ滑っても心配ない。じゃ、頑張って」
「おんぶしようか、遠慮は無用だぜ」
ジュゴンに続いて南が声を掛ける。
「ここまで来て冗談よせよ」
「南さん、彼は真剣だ。笑わせると力が入らないよ。さあ行こう」
「はい、ゴメンなさい」


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