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●幼年時代

 第2次世界大戦敗戦後の、荒廃と貧しさが全国各地にまだ色濃く残る1955(昭和30)年。北海道札幌市の中心街にある大通小学校(札幌市立)に通学する、6年生の少年の1年間を描く半自伝的小説。大きく社会が変化して行く中で、当時の少年はどんな生活をしていたのか。今はすっかり大都会となった札幌の自然描写にも注目。

幼年時代 第24回 いよいよ円山に登る

山道は円山原生林を縫うように進みます

 ひょんなことから俺たちに年上の仲間が1人増えることになった。ジュゴンのことはまだほとんど知らないが、少なくても悪い人間ではなさそうだ。むしろ俺たちの味方になってくれそうな予感がする。他の3人も思いは同じだった。
「もう11時になったし、そろそろ円山に登ろうか」
「それがいい。頂上までは1時間ぐらいだから、英樹君がゆっくり登っても12時半には着くはずだ。のんびり行こうな、エキ君」
「エキに君を付けたら変だよ」
「そうだな、ゴメンゴメン、エキ」
 川原から元の道に戻り、登山口に向かった。俺が先頭を歩き、静代と南が続く。英樹はジュゴンと並んでその後についてくる。円山はお椀を伏せたような平凡な山だ。海抜226メートル。南側に連なる藻岩山は531メートルだから、半分以下の高さしかない。しかし、誰でも簡単に登れるし、札幌の全景が見渡せるので、開拓のころから絶好の見晴らし台として役立ってきた。英樹が今日登頂に成功すれば、初めてみるそのパノラマにきっと感激するに違いない。家のゴタゴタの悩みも幾分かは晴れるだろう。

 登山口から山道に入ると、空気の匂いが変わった。俺はジョン(犬)のお腹に鼻を擦りつけて深く息を吸った時の干草っぽい匂いが好きだが、円山の山道はその匂いに、緑の葉をたくさんつけた木々からの青っぽい匂いが混じったような少し湿った複雑な感じがする。俺たち5人は両側にたくさんの種類の木々が茂った円山原生林の中を進んでいくのだ。まだこのあたりには他に誰もいない。
 登山道はところどころ細くなるが、たいていのところは2人並んで歩けるだけの幅がある。勾配は比較的緩やかで、俺たちより小さい子どもや老人でも、体に障害さえなければ、楽に登ることができる。英樹も自分が予想していたより、ずっとやさしい道なので気分をよくしたようだ。

「緩やかといっても山道には変わりない。浩君から見て彼の疲れ具合はどうかな。まだ休まなくてもいい?」
「登り始めて15分ぐらいですよね。普通の道を歩く3倍の体力を使うとして45分。もう5分は大丈夫でしょう」
「そうか。じゃあ、そろそろ休憩場所を探しながら行こう」
 ジュゴンと俺は、英樹の歩きぶりを観察しながら慎重に進んだ。
「浩君、あそこはどうだ」
 ジュゴンが指差したところは、道から山側に少し逸れた、10人ぐらいが車座になれるほどの空き地になっていた。新編成5人組は腰を下ろして一息入れることにした。
「どう英樹、疲れない?」
「うん、大丈夫だ」
「なんだ、私いつでもオンブしてやろうと思ってたのに。英樹君、遠慮はいらねぇのよ」
「何いってやがる、お前にオンブされたら男がすたるよ」
「あら、可愛いくないこというねえ」
「いや、いや。後ろからずっと見てきたけど、ほんとに英樹君は運動能力が高いな。バランスのとり方がとってもいい。足が悪くなかったら、いいサッカー選手になれたかもしれない」
 ジュゴンは高校時代にサッカーをやっていたが、大学受験で運動は止めたそうだ。
「あの、大学はどこですか」
 静代が遠慮がちに聞くと、
「ああ、そうだ。まだ私のことあまり話してなかったね。一橋大学ってところだ」
「わー、ジュゴンは勉強できるのね。一橋は難しい大学だよね、浩さん」
「うん、そりゃ東大の次に難しい。それで何を専攻されたんですか」
「学部は商学部」
「なんだ、文学部じゃないんだ」
「一橋はね、東大のような総合大学じゃないから、文学部はないんだよ」
「なんで商学部なの? 大会社にでも就職して将来は社長さんにでもなるつもりだったの?」
「南ちゃん、私も商学部なんか行きたくなかったんだ。ほんとは北大に行って生物学をやりたかった。でも、いろいろと事情があってね」
「ふーん。大人は何かと面倒くさいんだよね」
「そうだね。だからこそ小中学生の時代が大切なんだ。君たちも毎日を悔いのないように生きなきゃね。私のことは、また後で話すとして、どう、そろそろ出発しようか。エキ、これからの道は、岩場もあるし少し勾配もきつくなる。無理をしないようにな。ゆっくり行こう」

 円山は離れて見ると、夏は緑に覆われた美しい半球状の小山で、冬になるとほとんどの樹木が葉を落として、虎刈りの少年の頭のようになる。積もった雪が枯れ枝から透けて見える冬の山は、俺にはいつも裏寂しく感じられる。
 こんな小さな山だが、円山は札幌開拓史の象徴だ。4年生のときに社会科の授業で、岩村通俊開拓判官たちが円山の頂上から、眼下の原野を何度も眺めて、札幌建設の構想を練ったと習った。彼は市街を京都と同じ1辺100メートルの碁盤の目状にし、視察台となったこの小山を、京都を代表する名勝地、円山公園に因んで円山と名付けた。札幌を時に小京都と呼ぶことがあるのはこのためだという。
 円山の登山道は普通の人には何でもない、やさしい山道だが、松葉杖を突きながら歩く英樹には、平地の道とは比べものにならない困難があるはずだ。しかし、彼は誰の助けも借りず、黙々と登っていく。平地を歩く倍以上に大きく体を左右に揺らして、少し荒い息をしながら進む。その後ろ姿を見ていて、俺は胸に熱いものが込み上げてきた。
 英樹に比べたら俺は何と恵まれていることか。毎日を何気なく過ごすと、人は五体正常であることのあり難さに気づかないものだが、俺は今、しみじみと感謝の気持ちを味わった。

 ふと空を見上げると、透き通った青い空に浮かぶ丸みを帯びた雲の向こうに、割烹着姿の母がいた。俺の兄は7歳、小学校1年生の9月に猩紅熱で亡くなった。母は息子を失った悲しみに打ち克つためだろうか、あるいは亡き子の供養になると思ったのか、姉妹が差別を感じるほど俺を大切にしてくれた。母への感謝の気持ちと、英樹への感動が交錯して雲が滲んで見えてきた。

雲の向こうに母が見えたような気がしました

雲の向こうに母が見えたような気がしました

 地上に目を戻すと、先を歩いていた静代と南が振り返って英樹に声を掛けている。ジュゴンは英樹の方に駆けだし、今まさに彼の体に手を伸ばそうとしているところだった。英樹が転倒していた。松葉杖の先が石の上で滑ってしまったらしい。バランスを失って左前方に倒れた。体を守ろうとして手を岩に強くついたので、手のひらに血が滲んでいる。肘には軽い擦り傷ができている。1人で立ち上がろうと身をもがいている英樹に、ジュゴンが声をかけた。
「頑張れ、英樹君」
 助け起こすのかと思ったら、自力で立たせる積もりのようだ。静代と南は俺のそばにきて、その様子を不安そうに見ている。英樹は松葉杖を離し、両手で岩にしがみついて、下半身を上方に引き寄せようとした。腰が少しずつ持ち上がり、体型がくの字形にせり上がってくる。額から汗を吹き出し、唸りながら満身の力を絞り出している。思わず手を貸そうとして身を乗り出した。しかし、ジュゴンは手で俺を制した。あくまでも自力で立たせようという考えのようだ。俺たちにはずいぶん長く感じられたが、英樹はほんの2分ほどで体勢を立て直した。そして倒れた近くの岩に腰を下ろし、俺たちに作り笑いを浮かべ頭を掻きながらいった。
「いやぁ、ちょっと失敗した。驚かせてゴメン。でも、手を擦りむいただけだから大丈夫」
 するとジュゴンが少し厳かな声の調子で語りかけた。
「英樹君、よく頑張った。君の敢闘精神には敬意を表する。でも、こういう岩場では慎重に松葉杖を突くように。でも、とにかく君はエライ!」
 俺たち3人は思わず拍手してしまった。みんなの目が潤んでいる。体が不自由なのは、どんなに大変なことだろう。もし自分が英樹だったら、彼のように強く生きられるだろうかと、それぞれの胸に問い、10年以上もこうして生きてきた英樹の苦しみを噛み締めた。

「おい、なんだよ、みんな。俺が不様に転んだっていうのに拍手なんかしてさ」
 英樹の目も少し潤んでいるように見えた。静代と南は英樹に近づいた。
「どれどれ、しょうがないな、静代ちゃん赤ちん持ってきた?」
「うん。私もよく転ぶから、こういう時は必ずもってくるの」
「じゃ、英樹君。とりあえず、擦りむいたとこに塗っておこう、さあ、腕をこっちに伸ばして。さあ早く」
「いいよ、大袈裟だよ。こんな傷は唾でもつけときゃ、それで十分だ」
「あんたはほんとに素直じゃないね。ぐずぐずしないで、早く手をこっちによこせえ」
 2人はわがまま坊主を相手にする母親のように、英樹を扱っている。その3人の様子を見てジュゴンが俺に小さな声でいった。
「君たちはじつにいい仲間だな、浩君。会えてよかった。これからもずっと私を君たちの仲間にしてくれたら嬉しいな」
 俺はジュゴンの手を握って深く頷いた。

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