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●幼年時代

 第2次世界大戦敗戦後の、荒廃と貧しさが全国各地にまだ色濃く残る1955(昭和30)年。北海道札幌市の中心街にある大通小学校(札幌市立)に通学する、6年生の少年の1年間を描く半自伝的小説。大きく社会が変化して行く中で、当時の少年はどんな生活をしていたのか。今はすっかり大都会となった札幌の自然描写にも注目。

幼年時代 第23回 新しい仲間との出会い

「おい、英樹、あれは誰だろう?」
「わかんない。でも、ここは私有地じゃないよな?」
「あのオジサン、優しい顔してるじゃない。悪い人じないわよ、ね静代ちゃん?」
「そうね。近所の人かしら」
 俺たちが不審に思っているのに気づいたのか、男の方から声を掛けてきた。
「やあ、君たち。何か珍しいものでも見つけたかな?」
「はい、小さな魚がいたんで、どうやったら獲れるか考えていたところです」
 俺は背筋を伸ばし男をまっすぐ見て、少し丁寧ないい方で答えた。
「おお、ちゃんとした言葉づかいでエライね。どうです、この川には大したものはいないから、こっちに来て皆で話でもしませんか」
「はい、では今すぐそちらに行きます」
 今度は静代が気取ったいい方で返事をした。男と俺たち4人は適当な石に腰を下ろして向かいあった。
「まず、私から自己紹介をしましょう。生まれは隣の小樽市銭函(ぜにばこ)町。海水浴で君たちも行ったことあるでしょ? 父は漁師だった。東京の大学を出て、札幌の会社に就職したんだが、お偉いさんと意見が合わなくて去年の秋に辞めちゃった。だから今は無職。毎日ぶらぶらしてる暇人だ、はは、は」
「僕たちは全員大通り小学校の6年生です」
「あ、そう。不思議な縁だね。そうすると私は君たちの12歳上だから、同じ羊歳だ。ああ、それから名前は宮川ひさし、寿という字1つで、ひさし。おめでたくていい名前だろう」
「オジサンはもっと年上かと思った」
「おや、可愛いお嬢さんにそういわれるとは残念だな」
「でも、よく見ると若いよ。うちの近所の大学生とそれほど変わらないな」
「お、元気なお嬢さんはお目が高い」
「オジサン、静代ちゃんは可愛いくて私は元気ってのは差別じゃない?」
「差別じゃないさ、見たままの素直な感想だよね、オジサン」
「何よ、英樹。あんた私がきれいだって、さっきいったじゃない」
「そんなこといってないよ」
「まあ、まあ。お2人ともなかなかの美人だ。でも、オジサンって呼ぶのは止めてほしいな」
「オジサンはお友だちからは何て呼ばれてるんですか」
「単に宮川って呼ばれることが多いなあ。名前で呼ぶ人もいたけれど」
「じゃあ、私たちがいい呼び方考えてあげる」
「それは嬉しいな。ぜひ、立派なのを頼みます」

  俺たちは彼の名前の「宮」と「寿」を使って呼びやすい名はないかと真剣に考えた。その間、当人はタバコを吸いながら、空と俺たちと川を交互に、ぼんやりと眺めていた。
「できた、オジサン。ジュゴン。どう?  いいでしょ」
「ジュゴン、ジュゴン、あの南の海の動物だね。うん、素晴らしい。私はあれほど太っちゃいないが、のんびりしたイメージは、失業中の私にピッタリだ。うん、君たちなかなかやるじゃないか」
「浩はあだ名を考えるの得意だもんな。俺のエキもこいつがつけたんだ」
「あ、そう。じゃ女性にもつけたの?」
「いえ、女の子にはつけません、怖いから。名前に“ちゃん”をつけるのがいちばん安全です」
「なるほどね、そうかもしれないな」
「というわけで、ここにいる2人は、静代ちゃんに南ちゃんです」
「君には何かあだ名があるの?」
「無いんですよ、ジュゴン。浩、浩君、浩さんの3通りだけ」
「お、静代ちゃん早速ジュゴンと呼んでくれたね。いい感じだ。でも、どうして浩君にはあだ名がないの?」
「それはね、浩は学校で1番の秀才だから、誰もあだ名はつけないんです」
「うーん、そういうもんなのか。しかし、優等生で嫌われ者にならないのは難しいんだよね」
「その点は大丈夫だよ。浩は勉強はできるけど、ちょっと間抜けでお人よしだから、あんまり嫌われない」
「間抜けはいい過ぎよ。浩さんは誰にでも優しいから人気があるのよ」
「静代ちゃんがイライラするぐらい誰にでも優しいんだよね」
「南ちゃんたら」
「あはは。楽しくていいなあ。私も小学生のころがいちばん楽しかった。ところで今日はここに水遊びに来たの?」
「いえ。円山に登るんです、これから。英樹がまだ1度も山に登ったことがないので、円山で試してみようと思ったんです」
「ああ、そうだったの。英樹君は足が悪いんだね。でも、さっきから見てると、とても機敏だし体力もありそうだ。円山なら大丈夫だろ。じゃあせっかく知り合ったから、私も一緒に登りたいけど、いいかな?」
「え、ジュゴンも登るんですか? 僕たちは大歓迎だけれど」
「何かほかに予定があったんじゃないんですか?」
「いや、いや。私はただブラブラしていただけだから」
「わあ、英樹君。強力な応援隊員が1人参加したよ、よかったね」

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