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●幼年時代

 第2次世界大戦敗戦後の、荒廃と貧しさが全国各地にまだ色濃く残る1955(昭和30)年。北海道札幌市の中心街にある大通小学校(札幌市立)に通学する、6年生の少年の1年間を描く半自伝的小説。大きく社会が変化して行く中で、当時の少年はどんな生活をしていたのか。今はすっかり大都会となった札幌の自然描写にも注目。

幼年時代 第21回 違ったタイプの友人からの勧誘

 門脇正嗣(まさつぐ)が話があるという。彼は休み時間も教室で本を読んでいる、学校でも珍しいやつだ。得意科目は国語と社会。特に作文が好きで、普通の生徒の何倍もの量を書いて先生を驚かせていた。
 家は昆布巻を作っている。デパートや料理屋に毎日納めるそうで、子供以外の家族は全員朝3時から起きて仕事をする。1度遊びに行ったら、両親と親戚の人4人が壁に向かって、黙々と昆布の仕込み作業をしていた。長い柄つきブラシのような形のものが、毛のある面を上にして壁に取り付けられている。適当な長さに切った昆布の端を両手で持って、このブラシに被せて左右に引く。ちょうど、細長い布で靴を磨くようなやり方だ。キュッ、ゴシゴシ、キュッとリズミカルな音が出る。膝に掛けた前掛けに白い粉が溜まっていき、昆布がきれいな褐色に輝いてくる。

 俺はこの作業が面白そうなので、1度やらせてもらったことがある。門脇の両親はやさしい人で、丁寧に教えてくれた。しかし、簡単そうに見えたが、実際にやってみると意外に難しい。ブラシに昆布を押しつける力の加減がポイントなのだが、これがなかなかうまくいかないのだ。弱いと昆布がすべってしまうし、強過ぎると昆布に傷がついたり、切れてしまう。父の靴を磨くようにはいかない。
 門脇はたまに手伝うことがあるらしく、俺の手つきを横で見ながら一瞬気の毒そうに目をしばたかせたが、すぐに馬鹿にしたような笑いを浮かべた。俺だって練習さえすれば、こんな作業くらい楽勝だ、と腹の中で思ったが、彼の話によると、単純そうに見えるが、そう見えるようになるには、最低でも1年は掛かるんだそうだ。だから忙しい時には手伝うが、彼のやった分は、その大半を両親がやり直すのだという。俺は手仕事の厳しさを学んだような気がした。門脇は将来家業を継ぐのだろうか。毎日朝早くから起きて働き、何軒もの店に配達する仕事は、物静かに本を読む門脇の日頃の姿とは一致しないように思うが。体育館の肋木を背にして門脇が話を切り出した。

後列右が門脇正嗣、前列左が東谷英樹

「今度、6組の川村たちとあるグループを作ることになったんだ」
「何のグループ?」
「勉強会みたいなものだよ」
「勉強って何の?」
「うーん、簡単にいえば社会の正義と平等について、意見や知識を交換するんだ。1人で考えているより、仲間が集まって話し合う方が、いい勉強になると思って。浩も参加しないか?」
「なんだか難しそうな会だな」
「そんなことないよ。社会のいろんな問題を誰にも遠慮なしに話しあうだけだもの」
「そういえば、君は今の社会に何か不満がありそうだな」
「君は不満がない?」
「あんまりそういうこと考えたことないな」
「君は学校でも家でも、常に優等生のいい子だもんな」
「そんなことはないさ。先生にも親にも怒られてばかりいる」
「そんなのは、いい子のうちなんだ。何をやっても相手にされないヤツが問題なんだ。そういうヤツの気持ちなんか、浩なんかにはわからないだろうな」
「そんなヤツいるかな?」
「いるさ。君が順調過ぎて気づかないだけなんだ。うちのクラスにだっているぞ。たとえば東谷英樹とか野口アボとか、女子なら大西とか張とかだよ」
「そうかな?  あいつたちにだって先生は話したり、叱ったりしてるじゃないか」
「他の連中に対するのとは全然態度が違うんだなあ。あまり関わりたくないって感じが露骨に出てるよ」
「そうだろうか」
「そうさ。もう戦後は終わったなんて国はいってるが、戦後の10年で、教育も教育者もすっかり変わった、と僕は思う。戦後が終わったというのが正しいとすれば、10年で変わったことはどうなるのかな。戦前に戻るわけはないから、これからも10年の路線でいくんだろうな」
「そういう話をするんだな、その勉強会では」
「まあね。いい、悪いではなく、どんな問題でも真剣に考えて議論するってことさ。君はそういうの嫌いかもしれないな」
「嫌いじゃないけど、特に好きというわけでもない。でも、どうして僕を誘うの?」
「本当の君を知りたいからかな」
「本当の僕?」
「うん。僕は君に興味があるんだ」
「なんで?」
「君はいかにも、いい子で優等生だけど、ほんとは悪い子かもしれない」

 俺は自分をいい子だなんて思ったことはない。しかし、門脇にいわれてみると、常に他人からいい子と思われたいという気持ちが働いているかもしれない。門脇のような観察眼の鋭いヤツには、それが見えてしまうのだろう。
「誰だって他人からは良く思われたいさ。だからそんなことは気にならない。僕に興味があるのは、本当の君についてさ。だから、学校の勉強とは関係のない問題を話し合う会があれば、もっと君のことがわかると思ったんだ」
「僕なんか中身のない、調子がいいだけの男だよ」
「もし、そうだとしたら、君が学校で受けている高い評価や、女子生徒にちやほやされるのはなぜなんだろう。やっぱり君には君自身でも気づいていない、何か特別な能力とか素質があるはずなんだ。それが何なのかを知ることは、教育がどうあるべきかを知る上でも有益なはずだよ」
「君と話してると、なんだか自分が悪い人間に思えてくるな」
「そんなことないさ。断っておくけど、僕は松島みたいに君に嫉妬しているんじゃない。どちらかといえば、僕は君が好きだ。僕とまったくといっていいほど違う君を知ることは僕自身を知ることに通じるんだ。川村も似たような気持ちだと思う」
「そうか。その会はいつごろから始める予定なの?」
「別に正式な日なんか決めてないけど、なるべく早いうちに1度集まろうって川村とも話してるんだ。浩は川村とも仲がいいんだろ?」
「まあね。秋の学芸会には一緒に芝居をやることになってる。ちょうどいい機会かもしれないな。その会に参加するかどうかはともかく、1度一緒に会おうよ。うちに来る?」
「いや、最初は川村の家に決まってるんだ」
「ああ、そう。僕は彼のうち1度も行ったことないから、それでいいよ」
  いかにも門脇と川村が考えそうな会だ。きっと難しい言葉が飛び交う退屈な時間になるだろう。でも俺は、誘われたらめったに断らない主義だ。内心迷惑と思っても、できるだけ我慢して受ける。一昨年なんか別のクラスのあまり知らない女の子の誕生日に誘われて行ったことがある。何人か集まるのかと思って気軽に行ったら、客は俺だけだったのでとても困った。しかし、楽しいふりをしてお土産をもらって帰ってきた。やっぱり俺は少し変なヤツなのかもしれない。

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