ズボンをはいて一息ついたところに、静代と安田が戻ってきた。
「ねえ、あっちのベンチに腰掛けてお菓子食べない」
静代の誘いに英樹も素直に従った。甘いものにはみんな弱い。
「お菓子っていえば三八菓子店の三屋信子は君たちのクラスだったよね」
「ううん、三屋さんは隣の六組。三屋さんがどうかしたの、浩さん」
「この間、HBCの子供番組で朗読したの知らない?」
「知らない。そんなことあったの」
「さあ、あんまりたくさんはないけど、みんな食べて」
「あの子、いつもきれいな洋服着てすましてるよな。いかにも金持ちの娘って感じだ。このクッキー、三八のじゃないよな?」
「違うわよ。でも、信子ちゃんは素直ないい子だよ」
「うーん。俺、金持ちの娘なんて嫌いだな」
「仕方ないじゃないの、好きでお金持ちの家に生まれたわけじゃないんだから、ねえ静代ちゃん」
「そうね。信子ちゃんあんまり学校の子と遊ぶの見たことないから、体が弱いのかな。それで浩さん、信子さんの朗読、上手だった?」
「1か所も間違えなかったから偉いと思った。僕だったら上がって何か所も間違っちゃうだろうな」
「朗読だったら浩の方が絶対上手いと俺は思う」
「私もそう思う」
「へーっ、みんな浩君の朗読ファンなんだね。私だって読むのうまいよ」
「そうかな」
「そうかなって、あんた私の朗読聞いたことないじゃない。英樹って失礼な男だね」
「うまい感じしないもん」
「なに。こら英樹、いっちょ勝負するか」
「女なんかと勝負はしないよ、俺は」
「まあ、まあ。南ちゃんって、ほんとに男の子と暴れるのが好きなんだから。もうやめなさいよ」
「南ちゃんは男の兄弟がいるんだろ?」
「ざーんねんでした。私も静代ちゃんと同じ1人っ子」
「へー、じゃあいっそほんものの男になちゃえばいいじゃないか」
「それが出来ればとっくになってますよーだ」
「お前はしゃべり方も体つきも男みたいだものな」
「なにー、英樹。こう見えても私は結構女っぽい体してるんだぞ。見せたげようか」
「そんなもん見たくないよ」
「あら、そう。あんたたち男の子はみんな山崎先生の裸見たいんだそうじゃない」
「ほんと、浩さん?」
「そんなことないよ」
「私男の子たちがコソコソ話してるの聞いたことあるもん」
「俺たちはそんなガキとは違うさ」
「あら、偉そうに。そういうことに関しては、男なんてみんな同じだってお母さんがいってたわよ」
「お前の母ちゃんが間違ってるんだよ」
「なに、英樹。あんた私のお母さんのこと悪くいうの? 許せないね、表に出ろよ。今度こそ勝負つけようじゃないの」
「もう、ずーっと表にいるじゃないか」
「ああ、悔しい。静代ちゃん何とかいってよ」
「面白いわね、南ちゃんて。あなた英樹さんと案外気が合うんじゃない?」
「冗談やめろよ。俺は安田になんか関心ないね、これっぽっちもない」
「あんた、それは私のセリフでしょ。もう頭にきちゃうな。浩君、こいつを黙らせてちょうだい」
「残念でした、浩は俺の味方だよ」
「どうなの、浩君」
「どっちの味方でもないよ、俺は。でもさ、2人は案外似てるのかもしれないね、静代ちゃん?」
「そうね。私さっきからエンタツ・アチャコの漫才聞いてるみたいでおかしくって、ねえ浩さん」
「ほんと、僕もそう思ってたところ」
「あら、2人で同じこと思ってたんだね、不思議ねえ」
「何が不思議だよ。お前たち人前でイチャイチャしてバカにすんじゃないよ」
「そうよ、失礼よね英樹君。なんで私たちがエンタツ・アチャコなの」
「ほら、気が合ってるじゃないか」
「ぴったりね」
「秋の学芸会、2人で漫才やったら? 次の委員会で俺が提案してやるよ、英樹」
「お前まで、俺をバカにすんのか?」
「何いってるのよ。南さまは秋には東京にいるんですからね」
「えっ、安田は東京に行っちゃうの?」
「そうよ、英樹さん。だから南ちゃんと漫才するのは今のうちだけよ」
「そうか。安田がいなくなると寂しくなるな」
「あら、英樹くん。あんた私のこと好きだったの?」
「そんなわけないだろ、俺は女の子に関心ないっていったじゃないか」
「隠さなくてもいいよ。人間は素直にならなくちゃ」
「お前、勝手に1人合点するなよ」
「まあ、いいじゃない。これからも4人で仲良くしましょうよ」
と、静代が嬉しそうにいった。わずかな時間のうちに、俺たち4人の間には一種の連帯感が生まれたようだ。しかし、英樹は話が一段落すると遠くをぼんやりと眺めている。
「浩さんパンツはもう完全に乾いた?」
「うーん。生乾きだけど大丈夫」
「南ちゃんが東京に行く前に4人でどこかに行きたいね。南ちゃん、浩さんは藻岩山に登りたいらしいんだけど、どう?」
「藻岩山? なんでまた?」
「僕、好きなんだ」
「でもさ、英樹君は無理じゃないの?」
「ああ、そうか。ごめんね、英樹さん」
「気にするなよ。大抵のことは大丈夫だけど、山は無理だろうな。だけど俺も一度でいいから藻岩山の頂上から下界を見たいと思ってた」
「駄目かしらね」
「英樹君、私を女らしい女と認めてくれたら、おんぶして登ってやってもいいよ」
「バカいうなよ、そんなこと出来るわけないじゃないか」
「あんたいつごろから足が悪いの?」
「南ちゃん、そんなこと聞いちゃあ」
「いいよ、俺は変に気を使われるよりも、安田みたいに図々しいぐらいのほうがかえって気持ちがいい」
「それって私のこと褒めてるの?」
「褒めるわけないだろ。とにかく俺の足は気がついたらもう変だったんだ。学校入る前に何度か病院行ったけど、うち貧乏だろ。だからちゃんと最後まで治療出来なかったらしい」
「つらかったでしょうね」
「別につらくも悲しくもねえよ。毎日食うのがやっとだったから、母ちゃんのほうが俺よりよっぽど大変だったさ」
「英樹君は私たちより大人だね、偉いよ。私、気にいった」
「気に入らなくていいよ、迷惑だから」
「なんで迷惑なの?」
「俺は女の子は苦手なんだ」
「苦手でも嫌いじゃないんでしょ?」
「どっちかっていえば嫌いだね」
「まあ、いいじゃない。これから4人でつきあえば、また変わるわよ」
「もうそろそろ帰ろうか?」
「そうだな。お前はズボンの中が気持ち悪いだろうし」
「でも、今日は楽しかったね。英樹君のこともよくわかったし」
4人で北1条通りを西に向かって歩いた。正面には三角山が斜め左からの光を受けて、緑色から灰色に変わりつつあった。青山静代、安田南、東谷英樹と俺の4人はすっかり気を許し合う仲間になったような気がした。



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