「浩さん、今日はまだ1時間ぐらいあるから、大通り公園を、時計台の方までゆっくり歩こうか?」
「いいけど….」
「いいけど、何?」
「いや、別に何でもないよ」
「昨日のこと気にしてるの?」
「そんなことないさ」
「ねえ、高橋先生もおっしゃったでしょ。私たちが仲良くして悪いことなんか何もないのよ。私は誰にどう思われたって平気。気にしない、気にしない」
「僕だって気にしてないよ。じゃ行こうか」
俺は少し曽根や吉田のことが気になったが、静代の明るい顔を見ているうちに、彼女と歩きたい気持ちの方が強くなっていった。
大通り公園に人はまばらだった。太陽はまだ藻岩山から円山を結ぶ山並のだいぶ上にあった。柔らかな光りが公園の木々に注ぎ、地面に細長い影を作っている。石山通りを渡って家とは反対の東に向かって進んだ。
「浩さん、楽しいね。誰にもじゃまされずに話せる」
「そうだね」
「ねえ、高橋先生っていい先生ね」
「うん。いろんなこと教えてくれるよ。動物や植物のこと。電気や自動車のことも。先生は石狩太見のあたりに住んでいて、学校にはオートバイでくるんだ」
「正門玄関の横にいつも置いてある大きなオートバイね?」
「そうだよ。あれ格好いいなあ。だから石狩川のことも、石狩平野のこともすっごく詳しいんだ」
「いつも放課後に先生と話してるの?」
「そう。それと月に1回ぐらい宿直があるでしょ。先生は独身だから土曜日の泊まりが多くて、そういう時なんか土曜の夜とか、日曜日に宿直室に遊びに行って話を聞くんだ」
「そうなの。いいわね。私も今度行きたいな」
「そうだね。先生はさっきの話を聞いてると、静代ちゃんがお気に入りみたいだから、きっとお出でお出でっていうよ」
「わあ、嬉しい。そういえば、放送部に入るお話、どうしようかな」
「静代ちゃんほんとに入りたいの?」
「うーん、まだよくわかんない。浩さんとクラスが違うから、部の活動だけでも一緒になりたいって、そう思ってるだけかもしれないし、どうしようかなあ」
「すぐ決めなくてもいいんじゃない。今部員が足りなくって困ってるわけじゃないから」
「そう、じゃ考えてみるけど、浩さんはどう思う?」
「僕は、静代ちゃんが入ったら嬉しいけど…」
「けど、何? あっ、またなんか気にしてるでしょ」
「そんなことないさ。先生もああいってくれてるんだから」
「そうかな。浩さんて結構気にするのね、ほかの人のこと。それとも単に私に意地悪なだけかな?」
「どうして僕が静代ちゃんに意地悪なの?」
「だって、はっきりしないんだもん。でも、いいんだ、自分で考えて決めるから。ちょっとそこのベンチで一休みしようか」
なんだか静代の機嫌が悪くなったようで困った。俺にはどうも女の子の気持ちがよくわからない。母のいうように俺は少し変なのかもしれないし、英樹のいうようにバカなのかもしれない。
藻岩山が夕暮れの光りを受けて日中より大きく見える。無数の樹木が灰緑色のパステルで塗り込められたように、1本ずつの木々の形は失われつつあった。俺は一瘤ラクダの背中のような形の藻岩山の頂上あたりの姿が好きで、毎日見ても見飽きることがない。昨年6月の遠足で初めて頂上まで登った時の感激はいつまでも忘れられない。札幌の中心部から遥か遠く石狩湾に広がる、眼下の石狩平野は涙が出そうになるほど美しかった。生まれて初めて体験する地上531メートルからの眺望は、ほかの何にも代えられない感動的な光景だった。
「藻岩山っていいね、僕大好き」
「毎日見えてるから、私は特別にいいって思ったことないけど」
「僕は好きだな。遠くから眺めてもいいし、登ってもいいよね。去年の遠足は静代ちゃんも行ったでしょ?」
「うん。山道は疲れたけど、頂上に着いた時は嬉しかった。でも、頂上の手前の急な斜面はきつかったよね」
「あそこは屏風岩っていうらしいよ」
「へー、詳しいんだね、浩さんは」
「全然詳しくないよ。僕ね、いろんな植物や鉱物の名前がわかったら、どんなにいいだろうって思う。山や川の名前もたくさん知りたい。だから僕、事典や地図が大好き」
「うーん。そういう話、今日初めて聞いた。私、浩さんのことまだあんまり知らないんだなあ。そういえば2人で話すようになってから、まだそんなに経ってないもんね」
「そうだよ。だって僕、5年生までは静代ちゃんのこと知らなかったもん」
「知らないってことはないでしょ、1つおいて隣のクラスなんだから」
「うん、名前や評判は聞いてたけど、自分には関係のない人だって思ってた」
「あら、ずいぶんね。私は5年のときから浩さんのこと意識してたのに。堀川チーちゃんからもいろいろ聞いてたし」
「そう、でも堀川はあんまり僕のことよく思ってないんじゃないかな」
「そんなことないよ。うちのクラスの女の子たちが、自分のクラスの臼井君が学校いちばんの秀才だって話してたら、チーちゃんは、浩さんのほうが優秀だっていい張ったんだよ」
「へー。堀川は1、2年で同じクラスだったけど、そのころは僕よりずっと成績良かったんだ。家がすぐそばだからよく一緒に遊んだけど、最近はめったに話もしないなあ」
「チーちゃん可愛いし、いい人だよね。浩さんも好きでしょ、ああいう女の子」
「嫌いじゃないけど、特別好きってことないよ」
「あら、無理しないで。好きでも私はいいんだから」
どうも話しているうちに、静代の機嫌が悪くなってしまう。俺は女の子と長い時間話すのに向いていないのかもしれない、と気分が落ち込んできた。少し話の方向を変えようかと思って静代の顔を覗き込むと、
「浩さん、ごめんね。せっかく一緒にいるのに、私って心とは反対の嫌なことばかりいっちゃって。私、自分でもいやになる。もっと自分の気持ちに素直にならなくちゃね。私っていやな女でしょ?」
と暗い表情でいった。どう答えたらいいのかわからない。


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