6年3組の自分の教室に行くには、正門の入り口から入って、1階の廊下を左に進み、突き当たりの階段で2階に上がり、廊下を右に進んで次の階段の手前まで行けばいい。静代は5組だから2つ手前の教室だ。今朝は廊下で掃除をしている静代に出会った。
「今日は掃除当番?」
「うん。今日の帰りは大丈夫?」
「放課後に放送室で少し用事をしてるから、そこで待ってるよ」
「わかった、じゃあ」
一緒に帰る約束は守らなくちゃいけない。母や英樹には少し申し訳ない気がしたが、俺は静代との約束を大事にしたかった。授業はいつも通りに進み、何ごともなく終わった。給食のときも休み時間も何ごとも起こらなかった。曽根と吉田は気のせいか、いつもより冷たい目をしていたが、気になるようなことは2人とも特にいわない。
放送室は東側の校舎にある。体育館を通り抜けて東側校舎に行くと、端から右にトイレ、東玄関、給食炊事室、放送室、3年生の教室という順に並んでいる。放送室は機械室とスタジオ風の部屋の2室に分かれている。理科が専門の高橋先生が責任者で、10人ほどの5、6年生が部員となって高橋先生の指導によって運営していた。
といっても定期的な仕事は簡単だ。まず、毎朝体育館で行われる朝礼に使うマイクロフォンを演壇にセットする。この時、スタンドに取り付けたマイクの頭を下に向けて、何度か揺すっておく。マイクの感度をよくするために、雲母板に挟まれた炭素の粉が偏らないようにならすのだ。
次は放送室に戻って、進行の先生の合図を待って入場用のレコードを掛ける。そして、マイクの音量を調整し、朝礼が終わったら退場のレコードを掛け、最後にマイクとコードを片付ける。これを2人1組みの6チームが交替で受けもつ。作業は単純だけれど、うっかりするととんでもない失敗をしでかす。音が出なかったり、ハウリングという奥歯が痛くなるような金属的な雑音が出たりする。それも不思議なことに、大事な来賓や校長先生の挨拶のときに起こりやすいから困る。俺は幸いまだ大きな失敗はしていないが、担当の日は常に緊張する。
高橋先生に頼まれて、今日の放課後は機械室の備品をチェックすることになっていた。30分ぐらいで片付くと思ったら意外に時間がかかる。レコード針の本数まで数えるのは面倒くさい。
「浩さーん、いますか? 青山です」
先生がいると思ったのか、静代がよそ行きの声で呼ぶのがちょっとおかしかった。朝の掃除をしている時から気づいていたのだが、今日の静代は黒いセーターに、前開きの赤い上着、黒のスラックスという姿で、いつもより少し大人に見えて素敵だなぁと思った。
「もう終わった?」
「うん、もうちょっと。ここの針を数えれば終わり」
「手伝おうか?」
「そう、助かる」
「わあ、針ってこんなにあるんだ」
「使い捨てだから、予備を一定の数おいとくんだ。でも、レコードって爪楊枝でも鳴るんだよ」
「ほんと?」
「ほんと。音は針の方がいいけど」
「ふーん。それで、この表に数を書けばいいの? 私の字でもよければ書こうか?」
「うん。大助かり」
「ねえ、浩さん。この下敷きいいでしょう」
「あれっ、僕のと同じみたい」
「そう、同じよ。この色と柄、気にいったからこの間の日曜日に買ってもらったの」
「へーっ。静代ちゃんと僕の好みが一致したってことだね。偶然かな?」
「知らないっ」
この時、ちょうど高橋先生がやってきた。
「おっ、浩。今日は可愛い助手がいたのか。お前もなかなかやるな。えーっと、君はたしか間島先生のクラスの…」
「青山静代です」
「そうだったね。間島先生がいつも君のこと褒めてる」
「えっ、ほんとですか、私いつもおっちょこいだって叱られてます」
「そうか。いや、とてもいい子だっておっしゃっていたよ。ところで、放送室は気に入ったかな」
「ええ、とても」
「今のところ女子部員はいないんだけど、君は入る気ある?」
「うーん。嬉しいけど、まだ自信がありません」
「自信なんかいらないさ。浩たちはみんな親切だから、すぐに慣れる。まあ、考えておきなさい」
「はい。ありがとうございます」
「うん、そうなれば浩もきっと嬉しいだろう、なっ?」
「はい。嬉しいけど変なこというヤツがいるかもしれないなあ」
「変なことって何だ?」
「いえ、何でもありません」
「浩、あんまり気にしちゃいかん。とにかく私は青山が1人目の女子部員になったらいいと思うし、お前が青山と仲良くするのは、とてもいいことだって思う。まあ、2人でよく相談しなさい。じゃあ、今日はこれでいい。ご苦労さん、気をつけて帰りなさい」


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