いつものように晩飯が終わると、母は縫いものを始める。俺はちゃぶ台に教科書とノートを広げる。しかし、それは形だけでちっとも勉強はしない。宿題だって全部片付けたことなんかめったにない。たいてい半分ぐらいで気が散って投げ出してしまう。その代わり鉛筆は毎晩必ず削った。父が使い終わった片刃の安全剃刀で、1本1本丁寧に削る。芯先の太さを変えて3本。円錐形の部分も芯の太さに合わせて長さを3種類にわける。
「あんたは鉛筆削りが好きだね。そんなに削るから早く短くなっちゃうのよ。もったいないんじゃない」
鉛筆削りが特に好きなわけじゃないが、削ることに集中していると、余計なことが頭からみな消えてしまって、スッキリした気持ちになるのがいいのだ。母は縫い針を器用に動かし続けている。きっと母の気持ちもスッキリしているのだろう。
「ねえ、お母さん。女の子ってみんなヤキモチ焼きなの?」
「ヤキモチは誰の心にもあるでしょ」
「そうかな? 僕にも?」
「ええ。3月のお習字の発表会で今井君が銀賞で、あんたが銅賞だったわね。あの時お母さんが今井君のこと褒めたら、あんたはグズグズ文句をいったわね。今井は家でお父さんにも習ってるからとか、自分より早くから書道塾に行ってるとか、いい筆もってるとか」「もういいよ、そのことは。でもそれってヤキモチなの?」
「そうよ、立派なヤキモチ。他の人を羨ましく思うことが、ヤキモチなの」
「ふーん。僕は好きとか嫌いのことかと思ってた」
「何かあったの?」
「英樹がいったんだけど、吉田と曽根が青山のことでヤキモチ焼いてるから気をつけろって」
「あら、そう。英樹君はませてるからいろんなこと感じるのね。それであんたは自分でどう思うの?」
「僕は女の子のこと好きだなんて、あんまり思ったことない。男も女も、なんか嫌いってヤツはいるけど、好きな人って特にいないよ」
「そう。でもあんたは岡田の満ちゃんより堀川チーちゃんの方がお気に入りでしょ。それは好きってことなんじゃない?」
「違うよ。満ちゃんもチーちゃんも僕には同じだよ、ほんとに。僕が好きな女の人はお母さんだけで、あとはみんな同じ」
「お母さんが好きというのと女の子が好きというのは違うことじゃない?」
「人が好きっていうのは、その人といつも一緒にいたいって思うことなんじゃないの。そういう女の子はまだいないもん。曽根も吉田も青山も岡田も堀川もみんな嫌いじゃないけど、好きとは違うんだ」
「あんたは少し変わってるかもしれないね。でも、どうして急にそんなこといい出したの?」
「大したことじゃないんだけど、英樹が青山はお前が好きで、曽根や吉田はそれでヤキモチ焼いてるから気をつけろっていうの。僕はバカだからそういうことに気づかないんだって」
「そう。それで何か問題でも起きたの?」
簡単に今日の放課後の話をすると、
「その程度のことは気にする必要ないと思うけれど、あんたはもう少しクラスの人とつき合った方がいいんじゃない。女の子だけじゃなく男の子だって、あんたが他のクラスの子とばかりつき合ってたら面白くないわよ。それから、今は勉強が大事な時だから、女の子のことはあんまり考えちゃダメ」
「別に女の子のことなんか考えてないよ」
「それならいいけど、とにかくみんな平等につき合うこと。誰か1人と仲良くし過ぎると、まわりがうるさくいうから。特に静代ちゃんは、きれいで勉強もできるから、他の子がヤキモチ焼くわね。静代ちゃんはお母さんも好きなんだけど、気をつけなさいね」
「あんまりつき合うなってこと?」
「まあ、普通にしていればいいと思うけど」
普通につき合うというのがどういうことなのか、あまりよくわからないが、とにかく静代とのことは気をつけたほうがいいようだ。


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