「おばさん、お通夜に来られて気づかれたと思いますが、英樹のウチはほんとに貧しいんです。でも僕は普段そのことに全然気づかないで英樹と付き合ってたんです」
「浩さん、誰でも普段は他人の家庭事情なんかに気しないで付き合っているんじゃない? だから自分を責めることないと私は思うけど」
「静代ちゃん、別に僕は自分を責めてるわけじゃないんだ。でも英樹の場合はお母さんの事件まで重なってしまったでしょう。だからとても旅行中1人にしておけないって思ったんだ」
「そうよね、ほんとに気の毒だわ。修学旅行のことは英樹君とお話したの?」
「ええ、お葬式の時に」
「それで英樹君の意見は?」 ⇒ 続きを読む
玄関を出ると、バッタリ堀川千代乃に出会った。
「あら、お2人さん、お揃いでどうしたの? 静代ちゃんがこのあたりに来るのは珍しいね。なんか事件でもあったの?」
「なんにもないさ。英樹のことがあったばかりなのに、もう事件なんかゴメンだよ」
「そう。じゃあ2人で仲良く散歩してるだけってわけ?」
「まあ、そんなところだね」
「だけど浩さん、修学旅行で静代ちゃんと班が違ってよかったね」
「なんでそんなこというの、堀川さん?」
「だって同じ班だったらみんなに冷やかされるじゃない。2人ともイヤでしょ、そんなこと」
「なんでみんな冷やかすの?」
「2人の仲は有名だもん。私は浩さんとは幼なじみだし、静代ちゃんも同じ組の仲良しだから、もちろん2人の味方だよ。でも、世の中は味方ばかりじゃないんだから、気をつけてね。」 ⇒ 続きを読む

修学旅行に行くか行かないか、なんてことで悩まされるとは思ってもみなかった。静代と別班になったのは正直にいって残念だったが、長距離列車に乗るのは楽しみにしていたし、昭和新山を間近に見たいし、洞爺湖も地獄谷も見たかった。しかし今は何よりも、英樹に寂しい思いをさせないことの方がずっと大切なことのように思われた。
しかし、誰に相談しても反対される。まさか西先生に相談するわけにもいかない。俺はだんだん憂鬱になってきた。こんな時はジュゴンならどうするだろう。すぐにも会いたいが、土曜日まではチャンスがない。それでは遅すぎる。
木曜日の放課後、放送室の片づけをしていると、静代がやってきた。 ⇒ 続きを読む
修学旅行が近づいているが、英樹のことを思うとどうも気が進まない。母に相談することにした。
「英樹君のことを思うのはいいことだけれど、それで修学旅行に行かないっていうのは賛成できないわね。よく考えてごらんなさい」
「だって可哀想じゃない」
「可哀想だけじゃ済まないことが世の中にはたくさんあるのよ。修学旅行はずっと前から決まっている学校の正式な行事でしょ」
「正式でも堀川は行かずに入院するよ」
「それは病気なんだから仕方がないじゃない」
「旅行の日程に合わせて入院するんだよ。帰ってからだっていいじゃない」 ⇒ 続きを読む
控室の入口にお父さんが心配そうな顔で立っていた。
「浩君、あいつは大丈夫かな?」
「だいぶ落ち着いたようです。ずっと一緒にいますから心配はいりません」
「そう、じゃよろしく頼みますね。それから、もう30分ぐらいでお骨上げになるから一緒に連れてきてください」
「はい、わかりました」
俺はラムネの瓶を2本ぶら下げて戻った。英樹は仰向けになって空を見続けていた。声を掛けると、ゆっくりと起き上がった。その動きはまるでスローモーション映像を見るように、 ⇒ 続きを読む
お通夜の夜はよく眠れなかった。変な夢を見て少し怖かった。どこか知らない家を尋ねて行くのだが、ある角を曲がると大きな火葬場の裏側に出てしまう。驚いて出発点に戻ってやり直すのだが、何度やっても同じ火葬場に出てしまうのだ。
葬儀は10時からのなので今朝は家を9時に出た。天気はいい。藻岩山から手稲山にかけての山並みの若緑が、柔らかい太陽の光を受けて美しく、心を穏やかにしてくれる。これから3時間後に英樹のお母さんが焼かれてしまうなんてとても思えない。 ⇒ 続きを読む
お通夜はかなり慎ましいものだった。部屋が狭いので祭壇は2段で小さい。坊さんは1人で、花も少なかった。貧しさが感じられて気の毒に思った。親族として右側に座ったのは、喪主の父親と英樹、妹、妹を預かったという母方のオバさん、そのほかに3、4人。左側に座ったお客さんは近所の人が数人。全部合わせて10人ほどが部屋にいて、お参りに来た人は中には入れず、外で読経を聞き、お焼香は1人ずつ玄関に置かれた台でするという形だった。 ⇒ 続きを読む

「静代ちゃんは後でお母さんと一緒に来るって。南ちゃんは少しでも早くお前に会いたいんで、学校からまっすぐ来たんだ」
「そんなこといってないじゃない。でも、英樹君、ほんとに大変だったね。大丈夫?」
「うん。来てくれて嬉しいよ。仲間が来てくれると母ちゃんが喜ぶ。俺みたいな変わりもんには、友だちが出来ないんじゃないかって心配してたからな」
「組の人は来るんでしょう、浩君?」
「何人かわからないけど来るよ」
「いいんだ。俺は浩だけで十分」
「あら、私や静代ちゃんは来なくていいの?」 ⇒ 続きを読む

英樹の家のすぐ北側には函館本線の線路が走っていた
翌朝、学校に行くと静代が正門の前で待っていた。
「英樹さんのお母さんが亡くなったんですってね。びっくりしちゃった。元気になったって聞いてたのにね。今朝ね、お父さんに聞いたんだけど、鉄道飛び込み自殺ですって? 新聞に小さく出ていたそうよ」
「えっ、ほんと? じゃあすぐみんなに知れちゃうね」
「そうね。小さい記事だから気づかない人が多いと思うけど。それでね、今日のお通夜は私も行く。お母さんも行くって」
「そう、うちのお母さんも行くよ。僕は多分先に行くと思うけど」
「そうよね。じゃあ後で」 ⇒ 続きを読む
「きれいな夕焼けだな、英樹」
「ああ、恐ろしくなるような色だ」
「雲の間から漏れる太陽の光の筋が金色ですごいな」
「ねえ、英樹。俺は死んだお母さんは、あそこの赤い雲に乗って、金色の筋に導かれて西にずっと進んで行くような気がする」
「そうか。西方浄土っていうもんな。だけど、浄土なんてどこにもないだろう? おととい円山で話したじゃないか」
「本当のことなんかわからないよ。でも、そんな風に思いたくなるじゃないか。俺は雲が好きだから特にそう思うのかもしれないけど」
「お前の気持ちは嬉しいけど、死んだらおしまい。その先にはなんにもないさ。あったらいいけどな」
「そうだな。でも、なんにもないって怖いな」
「怖くても、無いものは無いさ」
俺たち2人はしばらくの間、無言で手稲山の上空を見続けた。雲は刻々と色合いと形を変え、しだいに黒さを増して行く。山の稜線が闇に溶け込んで姿があいまいになってきた。 ⇒ 続きを読む
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