●アキュフェーズ誕生までの20年間のオーディオ事情
年賀状や盆暮れの挨拶交換はあっても、数年ほど会っていなかった友人と久しぶりに会食する機会がありました。この日は年に数回会うもう1人の友人と3人で会ったのですが、私以外の2人がこの数年間に大病をしたので、前半の数分は病気報告を含む健康談義になりましたが、その後のメインテーマはオーディオになってしまいました。というのは、3人とも立場はそれぞれ違いますが、オーディオに関わる仕事に従事していたことがあるからです。
久しぶりに会った友人が、病気の後、これから残りの人生を生きていく力になるような記念の品物を買いたいと思い、いろいろ考えた末に、アキュフェーズ(Accuphase)のアンプを買ったと話し始めました。
― プリメインアンプの「E-350」。今のシステムは、ほどほどのサイズだけれど、このアンプで鳴らすと、とても穏やかな気分になれる。しかも聴いているうちに、次から次へとCDを引っ張り出して聴きたくなってしまう自分を発見して少し驚いたな。それに、このアンプの優秀さにもあらためて感心せさられた。一応比較したんだけど、上の「E-450」より、むしろこっちのほうがいいんだ。―
こんな話を聞くうちに、わが国のオーディオ史におけるアキュフェーズ登場の意義を少し考えてみたくなりました。前回は小林秀雄さんの文章を読んで、1950年代前半のオーディオ事情の一端をお伝えしましたが、小林さんのオーディオ観に少々驚かれた方も多かったのではないかと思います。
アキュフェーズの誕生は1972年、記念すべき第1弾製品が発売されたのは翌1973年ですから、小林さんが「ヴァイオリニスト」を書かれた頃から、時代は20年ほど先に進むことになります。CD登場から数えれば10年前ということになります。この20年ほどの間のオーディオ事情は、五味康祐さんの『西方の音』『天の聲-西方の音-』に熱く語られているのですが、これはまた別な機会に読むことにしましょう。
1950年初頭から1970年初頭までの20年間は、前半はわが国が戦後の荒廃からやっと復興し始め、後半は1964年の東京オリンピックを挟んで、まさに高度経済成長をひた走った時代です。今から振り返ると疾風怒涛の時代ですね。政治経済的にも、社会的にも多くの矛盾を孕(はら)みながら、1つの方向が決まればその他は目に入り難くなってしまう国民性もあり、あらゆる分野で成長が競われたのです。
オーディオは先行する欧米の高級ブランド製品の性能に圧倒されながらも、国産品も徐々に力をつけてきた時代です。しかし、私の実体験からいうと、現在オーディオ用語として使われている「単品コンポーネント」という、機能が独立した機器を組み合わせて聴く本格的オーディオは、まだ限られた世界のもので、音楽に関心のある多くの一般家庭で主流だった装置は、アンサンブルステレオという、プレーヤーからスピーカーまで、必要な機器が全部1セットに組み上げられたシステム製品でした。もっと簡便なものは、レシーバーという製品で、これは1つのボックスに、レコードプレーヤーとチューナー、アンプを1セットにし、小型スピーカーと組み合わせたもので、後のミニコンポの前身とでもいうべきものです。私も、1968(昭和43)年から数年間、東芝のこの種の安い製品に、ソニーのテープデッキを組み合わせて7、8年使っていました。
しかし、現在まで続く国産オーディオ機器の著名ブランドのほとんどがこの時代に誕生しています。ダイヤトーン(三菱)、ビクター、デンオン(コロムビア)、パイオニア、サンスイ、トリオ、ラックスマン、オンキョーなどなど、そしてソニー、テクニクス(松下、パナソニック)、オーレックス(東芝)、ローディ(日立)など。
こう並べてみると、キラ星のごとく、という感じですが、2000年からの10年間の低迷に身を置いてきた者としては、溜息をつきたくなる思いがします。しかし、アキュフェーズ登場までの20年間の日本オーディオは世界でも類を見ない大発展期だったことは間違いありません。欧米でオーディオメーカーといえば、ガレージメーカーから出発して、営業的に成功した企業でも、日本でいえば中小企業の下位規模の会社が多い中で、日本は高度経済成長の波に乗って、東京証券取引所の1部上場企業になる会社が続出したのです。
その代わり、熱心なオーディオファンの心を虜にするような、高級機は主力商品としては育たず、どの企業も売上高の拡大を競って、システム商品とか、ジェネラルオーディオ(general audio)と呼ばれる、比較的安価で大量に売れる製品に大きな力を注ぐことになってしまったのです。逆にいえば、このセクションの売上げがあったからこそ、大企業でありながら、売上げ規模の小さい高級機も作り続けられたといっても過言ではないのです。
●真空管からトランジスターへ
そして、もう1つの転換期がこの時期にやってきます。それは真空管に代わってトランジスターが主力になるという素子の主役交替です。日本オーディオ協会の「オーディオ50年史」によれば、トランジスターアンプそのものは、1950年後半から少しずつ本格化してきたのですが、1960年代前半はまだ“実験時代”で、本格的主役交替の鍵を握ったのは、1965年の「シリコン・パワー・トランジスター」の登場だった、とあります。ここの部分を少し引用します。
― 1965年に、この(シリコン・パワー)トランジスターを用いて発表されたアンプに、コーラルのA-707、トリオのTW-80、ソニーのTA-1120などがある。とくにソニーのTA-1120は、同社がオーディオ・コンポーネントのアンプとして最初に発売した機種であり、オール・トランジスター・アンプということで、トランジスター・アンプの歴史を飾った銘器であった。―
この引用で、わかるのはソニーがこの頃から、オーディオの高級機メーカーとして頭角を現してくることで、それはトランジスターという素子革命が大きく寄与したものだったのです。というわけで、アキュフェーズが登場する、1970年代初頭はまさにトランジスターアンプの全盛時代の幕開け期とも重なっているのです。
下の写真は、アキュフェーズの創立時メンバーによる、1972年2月ごろの製品企画会議の際に撮影されたものです。右から5人目が初代社長・春日二郎氏、左端が2代目社長・出原真澄氏。お2人とも故人となられました。(この項続く)




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