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●オーディオの詩と真実

 音楽好き60年、音楽製作45年、音楽・オーディオ雑誌の編集長25年。この経験を通じて、今どうしてもこれだけは音楽・オーディオファンに伝えたい、と筆者が思っているあれこれを、さまざまなテーマに分けてお届けします。目から鱗(うろこ)、とは古い表現ですが、ああオーディオってそういうものなのか、と長年の疑問が晴れるような話題も満載。

アキュフェーズの登場(3)~欧米文明受容史としてのオーディオ

●(続)春日二郎さんの書き残された文章を読む

1989年ごろの春日二郎さん(左)と出原真澄(右) さん

 7月17日掲載「春日二郎さんの書き残された文章を読む」の続編です。 春日さんが自ら創業したトリオ株式会社を去り、いよいよ新しい理想実現の意欲に燃えて新会社を設立される時期がきます。

― アキュフェーズ株式会社は1972(昭和47)年に誕生した。そのころの国内オーディオ市場は、世帯普及率40%、年間生産高は現在の3分の1程度、まだまだ高度成長の段階にあった。
 この年の1月、私と兄の春日仲一は、事情あって自ら創業したトリオ株式会社(現ケンウッド)を退任した。私たちがトリオを辞任するニュースが伝わると、海外のメーカーや商社、オーディオに出遅れた国内メーカーなどから共同事業の誘いが何件もあった。
 しかし、すべて従来と同じ量産品生産の計画であった。私たちの過去の実績を評価してくれたもので心から感謝したが、再出発に際して同じ道を歩いても意味がなく、しかも50歳を過ぎて人生最後の仕事であり、小さくても業界に足跡の残るような仕事をしたかったので、いずれもお断りした。
 あのとき、もしその方向に舵をとっていたら、たしかに大きさを誇る仕事は出来たかもしれないが、仕事のために骨身を削るだけで終わっていたろう。再出発に際して、日本に数少ない、高級品専門の製造に徹する新会社設立の方向に舵を向けたことは、成熟しきって過当競争の坩堝(るつぼ)と化した現在の市場を眺めたとき、正しい選択であったと思う。しかし、こうした考えを、すらすらと実行に移したわけではなく、踏み切るには段階があった。1年ほど静養してトリオ時代の25年の疲れを休め、その間にじっくりと考えたいという私の考えに対して、ある知人は「それは間違いだ。鉄は熱いうちに打て。時がたてば熱が冷め、情熱や闘争心も無くなる」というのである。―

 トリオを東京証券取引所の1部上場会社にまで成長させた、春日さんの高い実績を評価する人が多かったのは当然です。しかし、声を掛けてくれたのがすべて、一定以上の事業規模を求めるものであったということは、システム製品の分野でトリオ時代よりさらに目覚しいものを作ってほしいということになるわけで、それは春日さんとしては受け入れられるものでなかったのです。

― 現社長の出原真澄は当時トリオのステレオ事業部長だったが、しばしば私の自宅に押しかけ、退任して釣り三昧にふけっている私に、何かやるなら自分も仲間にいれてほしいといった。ベンチャー精神の旺盛な優れた社員も続々と集まってきた。親交のあった多くの評論家やマスコミ関係者、友人、販売店、金融機関から激励のお言葉もあった。このように、高級オーディオ・メーカーの出現を待望して、さまざまな面から新事業を生み出すエネルギーが沸々と沸き上ってきたように思う。
 それから間もなく、創業参加を希望する10名が品川の某ホテルに集まり、昼食をとりながら新会社設立の構想や手順を語り合い、記念の写真を撮った。18年過ぎた今この写真を見ると、みな髪は黒々としており、目は不安げであるが遠くを見つめて光を放っている。―

 普及製品分野での腕に期待する一方、欧米の先行メーカーに負けないレベルの高級機開発に期待する人も多かったのです。しかし、外部の人間の期待はしょせん身勝手なもの。実際にどういう機器を作っていくか、そのために何が必要か、人材は、資金は、そして新製品の市場性はと考えると、当事者にしか分からない苦悩がずいぶんあったのではないかと思います。
 しかし春日さんには、後に2代目社長となる出原真澄さんほか、有能な人材がたくさんついてきたのです。何よりもそれがいちばん心の支えになったことでしょう。上の引用文にある“記念写真”が前回掲載した集合写真です。もう一度ここに掲載しておきます。

― 海外のハイエンド・メーカーには、マッキントッシュ、マランツ、マークレビンソンのように創設者の名前を社名にした会社が多い。評論家の某氏からも新会社のブランドは「ジロウ」にしてはどうか、というアドバイスをいただいた。私たち兄弟(仲一と二郎)はトリオの株主総会が終わり正式に退任が決まったしばらく後に、形だけではあるが「ジロウ・エレクトロニクス」という株式会社の設立登記を行なった。しかし実際のスタートにあたって私は躊躇した。会社は公器であり、できるだけ個人色を避けたい。人生最後の仕事として理想を貫くには、名称もニュートラルなものにしたほうがよいと思ったからである。
 いろいろ考えた末、いくつかの候補の中から「ケンソニック」という名前を選び出した。「ケン」という名前は英国系の名門に多く、辞典によれば、認識の限界を意味するともあり、これに音を意味する「ソニック」を結び付けて「ケンソニック」という社名を考えたのである。スタートに先立ってジロウ・エレクトロニクスは「ケンソニック株式会社」に社名変更された。
 創業日は覚えやすいように「電波の日」の6月1日とした。退社して6ヵ月後である。業界に発送した挨拶状には、量より質の時代の到来を予想し、日本に数少ない高級オーディオに徹する新会社の設立の理念を述べてある。
 創業初日にはまだ仕事場に机がなく、宛名書きは各自が膝の上や、小箱を机代わりにして書いたのであった。当時の日記帳には、「挨拶状の反響大きく、新聞社や雑誌社、友人などから電話しきり。夕刻一同祝杯を上げる」とある。予想以上の反響で、多くの業界紙が囲みつきで取り上げてくれた。―

「アキュフェーズ」の名があまりにも広く知られているため、最初の社名が「ケンソニック」であったことを知る人は、もう今では少ないかもしれません。その命名の由来も、創業日の設定も、いかにも春日さんらしいと思います。

― 会社の設立場所は大田区雪ヶ谷の私の住居を全部開放して研究所に当てた。創業に参加した社員には、経営理念を明確にするため、「創業に先立って」と題する小文を渡した。この一文は私の経験と思索を凝縮し、物が満ち足り、心の時代に移ってゆくこれからの企業の在り方や、ベンチャーに挑む創業者の覚悟を述べたもので、現在でも当社の経営指針になっている。―

 この部分は、今の世情と大きなずれを感じます。つまり創業時の1970年ごろは、高度経済成長が進み、すでに「物が満ち足り」た時代だ、と春日さんは認識され、それ以降は「心の時代に移ってゆく」と思われたのですね。そして、その変化をしっかりつかむことが企業経営でも大切であると覚悟されています。しかし春日さんがいわれる“それ以降”の時代である今、私たちの社会は「心の時代」と呼ぶに値するものになっているでしょうか?春日さんは2007年1月11日に亡くなられましたが、その最晩年の21世紀初頭の社会情勢、オーディオ業界の実情には、心を痛めておられたのではないかと思います。

― なお、ケンソニックという社名は、創立後10年間使用したが、それまでブランドとして使用してきた「アキュフェーズ」に1本化した。
 AccuphaseのアキュはAccurate(正確な、的確な)、フェーズはオーディオ技術に重要なPhase(位相)の2語を結んでオーディオの奥をきわめる心を表したもので、当初はトップグレード製品のシリーズ名として考えたものだが、海外の代理店から、○○ソニックという名称は大衆的で使用者が多い。むしろアキュフェーズをブランドにすべきではないか、というアドバイスを受け、これに従ったもので、少々むずかしい名称だが、18年過ぎた今日(この原稿寄稿時の1990年)では、ハイエンド・オーディオ界の国際的ブランドとして定着させることができた。
 それにしても、一部上場会社の重要なポストにいた多くの人たちが、はたして成功するかどうかもわからない新事業に、妻子共々身を投じて来た悲壮ともいえる熱情に対して、その重い責任を負う私は、生命の緊張と充実感に身が震える思いであった。―

ここ一番はアナログ? ~アナログとデジタル

●アナログ対デジタル~私の見解 

 CDが登場したのは1982年10月のことです。それ以来、アナログとデジタルについては、じつにさまざまなことがいわれてきました。面白いと思うのは、著名人が「私は今でもアナログ派だ」とか、「ここ一番というときはLPを聴く」などという発言をすると、新聞は喜んで取り上げてきたことです。消え行くものへの挽歌なのか、判官びいきなのか、マスコミは反デジタル派を定期的に持ち上げたくなるようです。
「いや私は、本当はCDのほうがずっといい音だ」などという意見はとりあげてもらえません。犬が人間に噛みついても事件ではないが、人間が犬に噛みついたら事件だ、というのは昔から報道についていわれてきたことですが、アナログとデジタルの関係もそれと同じ次元の話なのかもしれません。どちらが犬で、どちらが人間かはさておき。
 さて、今日は暑さしのぎに、私のアナログ対デジタル、LP対CDについての見解を少し聞いていただくことにします。 ⇒ 続きを読む

オーディオと想像力~少し古いノートから・私のオーディオ論集(1)

●オーディオの音と生の音

ウィーン・ムジークフェラインザール正面壁面の女神

 人はいつもオーディオに「いい音」を求めている。しかし「いい音」とは一体なんだろうか。私は「生(なま)」で聴く音楽を追体験できる」ような音が「いい音」だと思っている。ある音楽を再生した時、その音が過去の音楽体験に照らし合わせて、確かに生の音はこうであろうと思えるような音であれば、それはよいオーディオの音だということである。 ⇒ 続きを読む

アキュフェーズの登場(2)~欧米文明受容史としてのオーディオ

●春日二郎さんの書き残された文章を読む

 アキュフェーズ創業時前後の事情について知るには、恰好の資料があります。それは私が編集長をしていたオーディオ・音楽雑誌「LISTENVIEW(後に、Sound Stageと改題)」の第7号、1990年9月下旬発行号に寄稿された春日二郎さんの「本質を求めて ― 創業時代の思い出」です。春日さんは当時アキュフェーズ株式会社の社長を出原真澄さんに譲り、取締役会長となっていました。
 久しぶりに春日さんの文章を読み返してみると、 ⇒ 続きを読む

アキュフェーズの登場(1)~欧米文明受容史としてのオーディオ

●アキュフェーズ誕生までの20年間のオーディオ事情

 年賀状や盆暮れの挨拶交換はあっても、数年ほど会っていなかった友人と久しぶりに会食する機会がありました。この日は年に数回会うもう1人の友人と3人で会ったのですが、私以外の2人がこの数年間に大病をしたので、前半の数分は病気報告を含む健康談義になりましたが、その後のメインテーマはオーディオになってしまいました。というのは、3人とも立場はそれぞれ違いますが、オーディオに関わる仕事に従事していたことがあるからです。
 久しぶりに会った友人が、病気の後、これから残りの人生を生きていく力になるような記念の品物を買いたいと思い、いろいろ考えた末に、アキュフェーズ(Accuphase)のアンプを買ったと話し始めました。 ⇒ 続きを読む

続・小林秀雄の『ヴァイオリニスト』を読む

・小林秀雄の「オーディオファン成立説」

 昨日に続いて、小林秀雄の「ヴァイオリニスト」を読んでみましょう。少し長く引用します(旧字体は新字体に、旧かな表記は新かな表記に改めます)。

― ここに、楽器も弄(いじ)らず、音楽会にも行かぬ、異様な音楽愛好家達の大集団が、急速に形成された。何んの野心もない真面目な又批判的な集団には違いないが、又、恐らく外国には見られない不思議に孤独な集団には違いなかったのである。私が、遂にレコード・ファンとして失格するに至ったのは、無論文学熱の昂進にもよったが、自ら楽器に親しんだり作曲したりしている友達の雰囲気が、いつも間近にあった事による処が多かったと思っている。― ⇒ 続きを読む

小林秀雄の『ヴァイオリニスト』を読む

 私が高校時代の音楽室で聴いた愛聴盤の1枚にベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲があります。吉岡巌先生が選んだのはユーディ・メニューイン(Yehudi Menuhin 1916 – 1999)の演奏で、オーケストラはフルトヴェングラー(Wilhelm Furtwangler 1886年 – 1954年)指揮のフィルハーモニア管弦楽団。1953年4月録音のモノーラル盤ですが、とてもいい演奏で、今でも私のもっとも好きな1枚です。私がもっているのはCD化された最初の、メンデルスゾーンの協奏曲とカップリングされた盤で番号は「CC35-3168(東芝EMI)」。 ⇒ 続きを読む

プロローグ(2) ボツにした2つの原稿、そして小林秀雄と五味康祐さんのこと

 書き始めてボツにした原稿が2本あります。1つは「間違いだらけのオーディオ常識」。1998年ごろのことでしたが、友人の出版プロデューサーに依頼された単行本の企画で、例のベストセラー「間違いだらけのクルマ選び」のオーディオ版とでもいうものでした。オーディオ専門誌にはずいぶん信用ならない記事が多い、と憤慨していた時期でしたので、私は大いに乗り気だったのですが、音楽・オーディオ雑誌の現役編集長でしたから、いくらペンネームであっても、すぐに誰が筆者であるかはばれてしまい、会社に迷惑をかけることになる、と周囲にいわれ中止にしたのです。
 もうひとつは「かわいそうなオーディオ」。これは自分の雑誌にペンネームで連載しようとしたコラムのタイトルです。レコードやCDで聴いた音楽について書かれた本のほとんどが、その音楽を聴いたオーディオ機器について触れることが少ないのに、ある日愕然としたからです。 ⇒ 続きを読む

プロローグ:オーディオのSN

 オーディオの特性を示す指標の1つに「SN」があります。これは、信号音(Signal)と雑音(Noise)の比率を表わすもので、正式表記は「SN比」もしくは「S/N」、英語では「Signal to Noise ratio」、単位は「dB(デシベル)」です。dBの数値が大きいほうがSN比がいいことになります(注を参照)。
 井上卓也氏(1931-2000)は極めて個性的なオーディオライターで、不思議としかいいようのない縁があって、私は一時期かなり親しくお付合いしました。取材や新製品試聴で何度も一緒にオーディオメーカーに行ったこともあり、その折々の発言には大いに驚かされ、また参考になることも多々ありました。
 オーディオ製品の性能に何か不満があるとすれば、その大半は「SN比」に原因がある、というのが井上氏の理論でした。彼の口調でいえば「SNが悪いんだよ、それは」ということになります。もう少し彼の口調で続けると、 ⇒ 続きを読む